シャープは2025年2月、聴覚拡張機能を加えたワイヤレスイヤホン「SUGOMIMI」をリリースした。日常生活の聞こえに着目し、特定音を拡張して届ける新たな役割を提案するSUGOMIMIはどういう経緯で開発されたのだろうか。その舞台裏を小寺信良氏が伝える。
今までにない新しい製品のアイデアや発想はどこから生まれてきたのか――。ライター/コラムニストの小寺信良氏が商品企画や設計・開発の担当者へのインタビューを通じ、革新製品が生まれた舞台裏に迫る。
シャープには、オーディオメーカーというイメージはあまりない。2020年頃にはオンライン会議に便利ということでネックスピーカーは確かに人気になったが、イヤホンメーカーではないというのは、皆さんも同じ意見だろう。
そんなシャープが2025年2月に発売した聴覚拡張型イヤホン「SUGOMIMI」は、これまでにない特徴を備えている。普通のイヤホンとして音楽が聴けたりもするのだが、マイクを使って周囲の音を取り込み、聴覚を拡張する機能を持っている。
それはノイズキャンセリングイヤホンにおける「外音取り込み」ということなのではないかと思われるかもしれないが、SUGOMIMIはそこから一歩進んで、特定のシーンで特定の周波数帯域を増強することで、これまで聞こえにくかった音を聞き取りやすくするという製品だ。
そもそも聴覚とは人によって特性が違っており、年齢によっても変わってくる。それぞれ聞くのが得意な音、苦手な音があるわけだ。それを自分の聞こえ型に合わせてチューニングできる。
シャープがこうした発想の製品を開発するに至ったのは、その前身として2021年に開発した補聴器「メディカルリスニングプラグ」があるという。医療用機器である補聴器から、コンシューマー機器であるSUGOMIMIへ、どのようなジャンプアップがあったのだろうか。
今回はそんな疑問にお答えいただけると言うことで、SUGOMIMIの開発を指揮したお二人にお話を伺うことができた。シャープ パーソナル通信事業部 ウェアラブル開発部 部長の田邊弘樹氏と同社パーソナル通信事業部 商品企画部 課長の磯部穂高氏だ。
―― 2021年に医療用の「メディカルリスニングプラグ」を商品化しています。イヤホンに音楽を聞く以外の付加価値を付けていこうとするムーブメントは最近の話ですが、そのずっと前に「聞こえ」という問題にフォーカスしたのは、どういう理由からなのでしょうか。
磯部氏 開発当時は、新型コロナウイルスが世界的に拡大していた時期でした。医療分野においても、オンライン診療などデジタルトランスフォーメーション(DX)の機運が世間的に高まってきた時期だったと認識してます。
一方で、われわれシャープのパーソナル通信事業本部は、もともとスマートフォン端末の開発を行っており、培ってきた無線や小型化、省電力化についての技術やノウハウなどを保有していました。そこで、これらを活用すれば、モバイル機器を使った新しい医療を実現できるのではないかと考えていたところでした。
その中で特に補聴器に着目した理由は、いわゆるニューノーマルと言われていた新たな社会生活の中で、聞き取りづらさに問題を抱えるシーンが増えてきたと感じたからです。ビジネスシーンでマスクを着用したり、ソーシャルディスタンスを保たないといけなかったり、パーテーションを設置したりして、会話が聞き取りにくい環境が非常に増えていった時期でした。
情報通信技術を活用することによって、そういう社会課題を解決できるんじゃないか考えました。そこで、オンラインサービスに対応した新しい医療機器として、メディカルリスニングプラグを商品化したという経緯があります。
―― なるほど。最初は医療DXに注目し医療用からスタートしたということなんですね。補聴器というと、従来は片耳にかけるタイプだったりするわけですけど、見た目が本当に普通のイヤホンのように見えるデザインは、最初から狙ったところがあるのですか。
磯部氏 そうですね。そこは意図的にワイヤレスイヤホン型のデザインを狙って採用しました。
商品化の過程で、補聴器が買われない理由を独自で調査しました。例えば、値段が高いとか、扱いがめんどうとかいろいろな理由がある中、やはり見た目を気にされる方が一定数以上るということが分かりました。
デザインの観点で言うと、従来の補聴器はあんまり目立たず、存在を隠すような方法のアプローチでした。そういう、なるべく見せないという姿勢そのものが、ネガティブな印象を与えているのではないかと考えました。
そこで、シャープとしては、むしろポジティブに使っていただける新しい補聴器の在り方みたいなものを訴求したいと考えました。社会に浸透してきたワイヤレスイヤホンのような形であれば、周囲の目を気にせずご使用いただけるんじゃないかという発想です。今はワイヤレスイヤホンを装着されている人が街中でも多く見られますが、それと同じように見られることを前提とした新しい補聴器の形というのを目指すことにしました。
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