神経幹細胞が再形成する仕組みを発見:医療技術ニュース
京都大学と理化学研究所の研究グループは、哺乳類の脳の形成段階において、神経幹細胞が形態を柔軟に再形成する仕組みを発見した。脳形成の基本的な仕組みが解明されたことで、脳形成不全に伴う疾患などの原因解明に役立つことが期待される。
京都大学は2020年1月9日、哺乳類の脳の形成段階において、神経幹細胞が柱状の形態を柔軟に再形成する仕組みを発見したと発表した。同大学大学院生命科学研究科 教授の松崎文雄氏らと、理化学研究所生命機能科学研究センターの共同研究による成果だ。
発生途中の脳組織に存在する神経幹細胞「放射状グリア」は、「頂端」「基底」軸を持ち、細胞核を上下に動かす。また、脳発生初期である増殖期には「対称分裂」で数を増やし、その後の「非対称分裂」によって放射状グリアと分化細胞に分裂し、複雑な脳を形成していく。
研究グループは、放射状グリアの分裂軸を乱すため、細胞分裂時に分裂装置の向きを制御するタンパク質LGNを欠損させたマウスを用いた。同マウスの胎仔脳を取り出して培養し、増殖期の神経幹細胞を観察したところ、放射状グリアの細胞分裂の約40%で、2つの娘細胞のうち片方が頂端側を失っていた。にもかかわらず、全ての放射状グリアの細胞核が組織の頂端面まで動き、頂端面付近で細胞分裂した。
このLGN欠損マウス胎仔脳組織を、多光子顕微鏡で3次元的に経時観察すると、頂端側を失い、組織の頂端側から離れてしまった神経幹細胞から頂端側に向かって細い突起が伸びる様子が捉えられた。その後、突起は最終的に頂端面まで達し、元の頂端突起を持つ細長い形態を取り戻した。このように、頂端側を失った細胞が頂端側の構造を再形成する割合を計測したところ、約70%だった。
続いて、脳発生後期である神経再生期においても同様の計測を試みた。再形成の割合は、神経再生期では徐々に低下していた。再形成が少なくなることで、柱状構造が分断された神経幹細胞が蓄積していき、その後、脳組織中に別の神経幹細胞層が出現することも判明した。
新たに出現した幹細胞層は、ヒトなど霊長類の脳発生後期に非常に多く見られるもので、脳の肥厚化やしわ形成との関連が注目されている。
また、同研究グループは、頂端構造の再生に細胞形態を制御するR-Rasというタンパク質が関わっていることも明らかにした。野性型マウスのR-Ras活性は、増殖期では高く、神経産生期になると低下した。R-Rasを欠損させたマウスでは、増殖期の頂端構造の再生能が低下し、神経産生期の放射状グリアに常時活性化型R-Rasを発現させると、頂端構造の再生が促進された。
今回の研究成果により、脳形成の基本的な仕組みが明らかになった。脳の形成不全に関連する疾患などの原因解明に役立つことが期待される。
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