理化学研究所は、世界最小のコイル状人工バネ「ナノスプリング」を開発し、それを用いて聴覚に関わるメカノセンサータンパク質の動きを捉えることに成功した。タンパク質に力を加えながら、分子構造や動態を観察できる。
理化学研究所は2016年12月12日、世界最小のコイル状人工バネ「ナノスプリング」を開発したと発表した。それを用いて聴覚に関わるメカノセンサータンパク質ミオシンVIの動きを捉え、ミオシンVIが力に応答し、機能を調節する機構を明らかにした。同研究所生命システム研究センターの岩城光宏上級研究員らの国際共同研究グループによるもので、成果は同日、国際科学誌「Nature Communications」に掲載された。
細胞は、培養環境および生体内環境のさまざまな力を感知し、細胞増殖や分化、形態形成などに利用している。そのメカニズムで重要な役割を果たすのがメカノセンサータンパク質だ。
同研究グループは、DNAを編み上げて束ねる「DNAオリガミ」という技術を用いて、世界最小のコイル状人工バネ「ナノスプリング」を作成した。コイル直径が30nm、長さは100〜1000nmで、タンパク質と同程度のサイズのデバイスとなっている。DNA分子から構成されるため、化学修飾が容易で、さまざまな分子と接続できる。この人工バネの機能を評価したところ、細胞内のメカノセンサータンパク質が受けるピコニュートン(1兆分の1ニュートン)の力を、精度良く定量できることが確認できた。
次に、ナノスプリングとミオシンVIを用いてメカノセンサータンパク質に加わる力を測った。ミオシンVIは、聴覚に関わるメカノセンサータンパク質で、自律的に力を発生するモータータンパク質でもある。ミオシンVIをナノスプリングの一端に結合させ、もう一端を細胞骨格であるアクチンフィラメントに連結し、ナノスプリングを引き延ばす過程を計測した。
その結果、ミオシンVIは力を受けると、細胞骨格であるアクチンフィラメントへの結合様式を変化させて強固な結合状態(アンカー結合状態)を作ることが分かった。
ミオシンVIは、内耳に存在するステレオシリア(音の刺激を脳に伝える微絨毛)の形態維持を担っている。同成果から、ステレオシリアが受けた音(空気の振動)による物理的な力刺激がミオシンVIに伝わり、アクチンフィラメントとアンカー結合状態を生じることで、その形態を安定に維持していることが示された。
これまで、タンパク質の機能や動態を1分子レベルで見ることと、タンパク質に力を加えることを同時にするのは難しかった。今回開発されたナノスプリングは、バネ定数のチューニングが可能でプログラム能力も高いため、さまざまなメカノセンサータンパク質へ応用できる。電子顕微鏡や原子間力顕微鏡との併用も可能で、力を加えながら分子構造や動態を見る手法の必須ツールとなることが期待できる。
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