シンポジウムの初日にカリフォルニア州交通局 長官のBrian Kelly氏がウエルカムスピーチを行った。同州は2013年に自動運転実証試験のガイドラインを発表しており、日米欧中の自動車メーカーやサプライヤ、そしてそして電気自動車(EV)ベンチャー企業が公道での走行テストを行っている。Kelly氏は講演の中でSafety Firstをあらためて強調した。
続いて基調講演に登壇した米国運輸省 長官のAnthony Foxx氏も、講演の主題は「Safety」だった。同氏は数カ月前の主要先進国G7の運輸閣僚会議で、世界各地で自動運転への関心が高まっていることを認識したという。そして「米国が望もうが、望まなかろうが、自動運転の実用化は世界中で始まる。だから、米国としては自動運転の実現に向けて前進する」との見解を示した。
自動運転の導入の意義について、交通事故の原因の94%はヒューマンファクター(運転者によるミス)であり、自動運転によって事故を大幅に軽減できる可能性が大きいと説明。また、本格的な自動運転の実現には、Safety Firstを前提に産業界が守るべきスタンダードや、(開発や法整備に関する)ガイダンスが必要だと語った。
さらに、自動運転の実証試験の方法が各州で異なっている点についても触れ、将来的に全米50州で基準を統一するべきとの見解を示した。
こうした内容を盛り込んだ自動運転のガイドラインを「2016年夏の後半」(同氏)までに発表すると述べた。もともと、2016年7月中に発表の見込みとされていたが、テスラの事案など自動運転に対する社会情勢の変化を踏まえて、米国政府として慎重な姿勢を取ったと考えられる。
そして、翌日の基調講演で登壇したNHTSA 長官のMark Rosekind氏も、運輸省のFoxx氏と同じくSafety Firstを強調。自動運転の法整備は、自動運転の社会受容性の変化やIT技術の進化が早いことなどを鑑み、旧来の自動車産業向けの方策から脱却して社会と技術の変化に対して柔軟に対応していくべきだと主張した。
こうして、米国政府と州政府がSafety Firstを掲げる中、登壇する産学の関係者の発言もどれも保守的だった。2015年まではイケイケドンドンといった感じで政府が民間企業を引っ張っていた流れとは対照的な印象を受けた。
2015年のシンポジウムでは、自動車メーカーは自動運転の自動化レベルごとに実用化する時期を具体的に提示し、人工知能の研究者は研究に対する夢を語った。実車を使った公道試験や、高速道路での体験試乗も行われた。そうした「自動運転に対する未来を語ろう」という場から、2016年は「自動運転の現実をしっかりと見定めよう」という場へと大きく転換してしまった。
これは、テスラの事故だけの影響ではない。Googleらは自動運転とライドシェアを融合させようと、連邦議会に向けて規制緩和を呼び掛けるロビー活動を行ってきた。しかし、2016年に入ってこうした動きに「少々度が過ぎるのでは?」という声があり政府内に揺り戻しが来ているのかもしれない。
結局、米国政府は自動運転の普及に向けた“仕切り直し”をするため、交通施策の原点であるSafety Firstに回帰しているように思える。
この流れを受けて、高精度3次元地図や人工知能、保険など、高度な自動運転を実現するために必要不可欠であるはずの要因についても、米国の動きは鈍った印象だ。複数の日系自動車メーカー関係者からは「政府のガイドラインが出て、さらにそれがフレキシブルに変化する中で、今後の動向がどうなっていくのか見守りたい」という声が聞こえてきた。
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