海上技術安全研究所が開催した「第25回講演会 海事産業における脱炭素とGXの最新動向」では、船舶の脱炭素に向けて、水素エンジンの最前線に立つ開発現場の視点と、燃料が未確定な時代を前提にした船舶設計の考え方という2つの軸から現実的な解が提示された。
船舶の脱炭素は、単に「どの燃料を選ぶか」という技術選択の問題だけでは済まない。船は一度建造すれば20〜30年にわたり使われ続ける一方で、温室効果ガス(GHG)削減を巡る政策目標や国際的な要請は、2030年、2050年といった明確な時間軸で迫ってくる。このことが、海事産業におけるGX(グリーントランスフォーメーション)を難しくしているといえる。
海上技術安全研究所(以下、海技研)が2026年1月23日に開催した「第25回講演会 海事産業における脱炭素とGXの最新動向」では、この課題に対し、研究、製品開発、設計思想といった異なる立場から、現実的な解が提示された。本記事ではその中でも、水素エンジンの最前線に立つ開発現場の視点と、燃料が未確定な時代を前提にした船舶設計の考え方という2つの軸から、海事GXの現状を紹介する。
舶用燃料における水素を巡る議論では、「将来の技術」「まだ実証段階」といった言葉が先行しがちだ。しかし、ジャパンハイドロでCEOを務める青沼裕氏は、その認識自体が既に現実と乖離(かいり)しつつあると指摘する。水素社会実現の最大の障壁は、技術が未成熟であることではなく、残された時間が極めて少ないことにあるという。
外航海運では2050年のカーボンニュートラル達成が掲げられており、2030年に向けては(EEDI[エネルギー効率設計指標]などの国際指標に基づき)燃費効率40%以上の改善が求められている。日本の内航海運は、国際航海を前提としたIMO(国際海事機関)規制の直接的な適用対象ではないものの、国全体としては2050年ネットゼロ(排出を完全にゼロにすることではなく、燃料製造段階やオフセットを含めて、全体として温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを意味する)、2030年にCO2排出量15%削減という目標を設定している。重要なのは、これらが「遠い将来」ではなく、あと3〜5年で商用化されて普及フェーズに入れる技術がなければ間に合わない点だ。
この「時間と技術の壁」を突破する手段として、ジャパンハイドロが中核に据えるのが、水素を燃料とする内燃機関(H2ICE)だ。水素利用というと燃料電池をイメージしやすいが、青沼氏は用途によって最適解は異なると訴える。船舶や港湾機械のようなヘビーロード用途において、内燃機関は大出力化が容易、かつ、負荷変動の応答性に優れ、ライフタイムコストの面でも有利だ。さらに、舶用において水素純度への要求が比較的緩やかで、既存の運用または保守体系を活用できる点も大きい。
こうした考えの下、ベルギーで水素内燃機関の開発と製造を担うBeHydroは、2018年の設立以降、水素混焼エンジンおよび水素専焼エンジンの開発を加速させてきた。2020年には1MW級の水素混焼エンジンを発表し、2022年には100%水素専焼エンジンもリリースしている。既に船級協会の承認を取得した上で、欧州港湾で稼働するタグボートに搭載されている。ちなみに、ジャパンハイドロは、このBeHydro製エンジンを日本の船舶と港湾環境に適合させ、社会実装を進める役割を担う。
BeHydroが開発製造した水素混焼エンジンの構成と主な特徴。ガスコレクターの二重管採用、水素脆化対策のための特殊合金など水素仕様で求められる安全対策を施した上で水素燃焼に最適な圧縮比を実現する[クリックで拡大] 出所:ジャパンハイドロ一方で、水素社会実現を阻む最大の要因は技術ではなく、「供給量」と「価格」にあると青沼氏は説明する。国内で外販されている水素は年間約1.3万トンだが、そのうちエネルギー用途は200トン程度にすぎない。将来想定される需要との乖離は数千倍規模で、価格も1kg当たり2000〜5000円と高止まりしている。この現実からジャパンハイドロが“現時点”において提示するのが「水素混焼」というアプローチだ。
100%水素専焼を前提にせず、軽油もしくは重油との混焼を許容することで、燃料用水素の供給が不安定でも運航を止めない。象徴的なのが、水素旅客船「ハイドロびんご」の運航において設定した1日100kgという水素消費量だ。水素ステーション側が採算を見通せ、船会社側も過大な投資を必要としない、「ほどよく背伸びした需要」を意図的に作り出す規模といえる。また、水素を使い切った後も軽油または重油専焼で運航を継続できるため、災害時や供給途絶時でも利用者や現場に迷惑を掛けない。
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