「他社が海外生産にシフトするため、アジア各国に投資をしている間、われわれは徹底的に会津工場に投資をし、より高品位なレンズを作るために新しい機材を投入し、コーティングを行う釜も増設して生産性を落とさず多層コート化できる体制を整えました。その成果が出始めたのが2000年でした」(山木氏)。
2000年は、デジタルカメラと銀塩カメラの出荷数が逆転した年だ。プロや趣味人が好んで使う一眼レフカメラがデジタル化されたことで、写真に映る全てをピクセル等倍で隅から隅まで見られるようになり、誰もが解像度や色収差を容易に確認できるようになった。
そこでシグマは、2000年のデジタル、アナログ逆転の時代に先行し、拡大して確認しても収差が目立たないよう、レンズのデジタル対応やデジタル専用レンズのラインアップを作っていった。当初、カメラ専門店などではいまひとつ顧客からの反応は弱かったようだが、インターネットの口コミから品質の高さが拡がり、ブランドとしての礎を築くことができた。
インターネット上の口コミを主導したのは、銀塩時代のシグマ製キットレンズを知らない、デジタル時代からカメラを使い始めたユーザーたちだ。
実はこの“デジタル化”をきっかけにした、シグマブランドの再構築は、世界各国で発生している。特に注目したいのが中国市場。銀塩写真のインフラが整備されていなかった中国は、経済発展とともにデジタル一眼レフカメラが急伸。当然ながら交換レンズに対する注目度も高いが、同カテゴリのレンズ描写を比較する際は、純正レンズに加えてシグマ製レンズが必ず入り、評価点でも上位に食い込む。
国内工場に投資を集中させ、品質にフォーカスして国内のモノづくりにこだわったシグマの事業方針転換は、デジタル化とそれをきっかけとする新興国への市場拡大といった形で花開こうとしている。
また山木氏は、品質にこだわった工場造り、モノづくりに転換したことで、“会社全体の質”が変化したことが、その後のシグマに良い影響を与えたと話す。
「われわれの高品質路線への転換は、円高から止むに止まれず進んだ道でした。しかし、実際にやってみると、苦労は多くともそっちの方が楽しく、どうせどちらも苦労する道ならば“社員みんなが楽しめる会社でありたい”、そう思い始めました」(山木氏)。
そして、会社としてボリュームゾーン向け製品を作ることを目指すのか、地域経済に根ざしてノウハウを社員たちと共有しながら良い製品を一緒に作っていくか……。その選択において、シグマは後者を選んだ。
「ウチの場合、後者を選ぶことで社員のモチベーションが格段に上がりました。レンズ交換式カメラは趣味性が高い製品です。ほんのちょっとした品質へのこだわりを、お客さまがダイレクトに評価してくれます。細かなこだわりをお客さまと共有できることで、コモディティ的なカメラ向け交換レンズビジネスとは違う面白さを、社員一人一人が感じられるようになったんです」(山木氏)。
シグマはもともと、部品を購入して組み立てることからメーカーとしての歴史をスタートさせた。しかし、それではサプライヤの品質によって、自社製品の価値が大きく変化してしまう。さらに製造に関するノウハウも蓄積されていかないため、より良い製品を作るためにどうすればいいのかも情報として把握できなかった。
それならば、全て自分たちでできる限りのことをやってみよう。シグマが部品の自社生産を始めたのは、品質を自らの意志と努力でコントロールし、細かな仕様変更に対しても即座に対応するためだ。ノウハウも蓄積されるため、改良を積み重ねていくこともできる。この考え方を貫き、必要とあらば工場を拡張し、必要な部品のほとんどを自社で作れるようになった。25年前の話である。
「こんな大きな自社工場を抱えていくのは大変でしょうといわれることもあります。確かに固定費の負担は大きいですが、固定費の償却は自分たちが仕事を頑張って進めればいいだけです。サプライヤに頼ってしまうと、品質面のどこをどう突き詰めることができるのか、まるで分からなくなる上、部品供給が不足して商品の生産が止まることもあります。しかし、自社工場であれば、生産スケジュールを自分たちで完全にコントロールできます。そして、問題点や技術的に余裕のある点を把握できるので、さらに技術を磨き込み、次の製品でより攻めた商品の設計も行えます」(山木氏)。
その結果、技術を蓄積できると同時に、採算性の面でも良い結果が出ている。
「努力次第で事業を継続できることが大きいです。また、一つの地域社会と密接につながり、その地域の雇用を守ってきたこともプラスになっています。従業員たちは、自分たちの製品を改善していくことを、自発的に行ってくれています。小さい会社なので何かあると吹き飛びますから、固定費が大きいことはリスクかもしれません。しかし、事業、売上、投資の全てが手の中にあることが重要なんです。世の中の変化に追従しやすく、社員のモチベーションも引き出せます。それが完全内製化のすごくいいところです。より高い付加価値を付けるために『どこまでできるのか』『どの部分をどう改良できるのか』というちょっとした品質改善を、上からの指示ではなく、現場の判断で動いています。その機微が、高品質の製品を作る工場においては、とても重要だと思います」(山木氏)。
日本は再び、1995年当時を超える超円高時代を迎えている。100%を会津工場で生産しているシグマにとっても、再びの大きな試練だが、この時期も乗り越えられると山木氏は考えている。
「われわれは小さなメーカーです。しかし、社員みんながノウハウを共有しようという意識を強く持ち、会津若松の地域社会の中で工場を育ててきました。モノづくりをする上で一番うれしいのは、使った人が『買って良かった』と喜んでもらえることです。ウチの工場には、必要なもの全てがあるため、その一部を担当している者であっても、自分の仕事がその製品のどの評価につながっているのかを、簡単に想像できます。だからユニークな製品、高品質な製品、使っていて楽しい製品が生まれるのだと思います」(山木氏)。
本田雅一(ほんだ まさかず)
1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。
Twitterアカウントは@rokuzouhonda
近著:「iCloudとクラウドメディアの夜明け」(ソフトバンク新書)
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