短いサイクルで次々に新製品を発売し、過去の製品を意図的に陳腐化させて、モノを売る“計画的陳腐化”戦略では、このクラウド時代に生き残ることは難しい。ユーザーに、高い満足度や所有感をしっかりと与えながら、製品を長く使ってもらうことで次につなげる。選ばれるモノづくりをAppleの戦略から学ぶ。
このところ、「“モノづくり”から“価値づくり”へ」というテーマ設定で講演を行うことが続いた。その時どきの取り巻く環境や動向に応じ、毎回、その内容を常に変化させて、少しずつアップデートしてきたが、講演内容の“核”となる部分は、筆者が以前から主張してきたことだ。今回は、その話題を中心にコラムを進めていきたい。
筆者がこの核となる主題を発信し始めたのはいつか。その源流をたどってみると、2009年に書いたコラムがスタート地点のようだ。筆者は、そのコラムの中で「IT業界、デジタル家電業界ともに、計画的な陳腐化を全メーカーがそろって実施し続ける時代は終わる」と記している。当時はまだ、今ほどクラウドの中にさまざまなアプリケーションやコンテンツが流れ込んでいなかったため、ハードウェアとファームウェアの組み合わせを前提にモノづくり・価値づくりの話題を進めていた。あれから時がたち、さらに細かなアップデートを重ねていき、今、その話題は“クラウド時代の価値観に見合う、製品価値の創出”というテーマに発展している。
“計画的陳腐化”という言葉をご存じだろうか。これを聞いて、筆者が真っ先に思い浮かべるのは、自動車メーカー「General Motors(GM)」のやり方だ。GMは2009年に連邦破産法第11条の適用を受け、事実上の倒産となり、その後、再建が進んで今に至っている。
これまでGMは、非常に多くの車種をカタログ上に用意し、同じシャシーを異なるブランドで横展開した上で、定期的にブランドごと異なるデザイン、設計テイストでモデルチェンジ。計画的に自社が販売してきたクルマを“古くさいもの”に感じさせるよう開発・宣伝・販売を行ってきた。これが計画的陳腐化戦略といわれているものだ。大量消費時代に最も適した製品戦略といわれ、日本の自動車メーカーもそれにならい追随していた。これと同様に、一時のPC業界も計画的陳腐化戦略で商品を生み出してきたわけなのだが、この話題で最もシックリくるのは、やはり、フィーチャーフォンではないだろうか。
半年に一度のペースで、ほとんどのメーカーがモデルチェンジを繰り返していた携帯電話機は、メーカー自慢の新機能や新デザイン、新メカニズムが組み込まれると同時に、携帯電話事業者(キャリア)が新たに提供、あるいは更新する新サービス対応機能を組み込むことで、短いサイクルで過去の製品を次々に陳腐化させていった。さらに、次々と生み出される新製品を、インセンティブモデルによって初期投資価格を引き下げ、毎回のように大量販売を繰り返していた。
このサイクルは当時、「キャリア、メーカー、ユーザーにとって、“Win-Win-Win”のモデルだ」といわれていたが、どうも個人的には釈然としなかった。もちろん、短いサイクルでモデルチェンジを繰り返し、そのたびにサービスをアップデートし、ユーザーに買い替え意欲を向上させた上で表面価格を下げるという手法を、一方的に悪いとはいわない。対象となる製品の成熟度が低く、猛烈に進歩している過程であれば、むしろプラス面の方が多いかもしれない。製品やサービスを進歩させるには、1歩ずつ着実に進む必要があるが、そのサイクルを早めて進化を促した面は確かにある。
しかし、膨らみ続けていくように思えるニーズもいつかは飽和してしまう。日本製のフィーチャーフォン……いわゆる「ガラケー」でいうと、2008年後半ごろから新機種に対する注目度はめっきり低下していった。このとき既に、メーカーとキャリアが一緒になって、ユーザーを巻き込みながら進めてきた計画的陳腐化戦略が破綻していたのだ。
そして、これまでの常識を覆す存在が登場する。Apple(アップル)の「iPhone」である。
2年前に「iPhone 4」を買ったユーザーは、今、再び買い替え期を迎えている。その対象として真っ先に挙がるのが「iPhone 5」ではないだろうか。新通信方式のLTE(Long Term Evolution)に対応し、より軽量化・高速化されたことで、スマートフォンとしての実力が増している。ただ、どうだろう。iPhone 5の登場により、iPhone 4が“古くさい製品”になってしまったかというと、そう感じる人は少ないのではないだろうか。少なくとも、ガラケー全盛時代に感じたそれとは異なるはずだ。
それはなぜか。例えば、基本機能の面でいえば、iPhone 4でもiPhone 5と同じバージョンのOSが動作し、基本的に同等の機能が動く(一部、Siriなどの機能は使えない)。App Storeで購入するアプリも、OSのバージョンに動作制限があったとしても、機種が限定されるケースはほとんどない。一方、筐体デザインに目を向けても、iPhone 4は外装にガラスとステンレスという安定して劣化しにくい素材を使っているため、2年たった今でも比較的キレイなままという人も多いだろう。
アップルは、買い替え時期を迎える2年後にもその所有感を損なわないよう、iPhoneの作りを工夫している。筐体に使う素材やデザイン、さらにファームウェアのアップデートやアプリの流通といった面でも、利用者の視点で長期的な満足度が得られるように、プロダクトを取り巻く全体を設計しているのだ。
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