デジタル家電の終焉、そしてスマートデバイスの時代へ――CESの変化から見る新しいモノづくりの形本田雅一のエンベデッドコラム(17)(1/2 ページ)

電機産業・家電業界に精通し、数多くの取材を重ねてきたジャーナリスト 本田雅一氏による“モノづくりコラム”。ラスベガスで開催された米国最大規模の家電イベント「2013 International CES」の取材を終え、本田氏があらためて感じた変化とは? “新しいモノづくりの形”について模索する。

» 2013年01月25日 10時10分 公開
[本田雅一,MONOist]
本田雅一のエンベデッドコラム

 本連載では、「日本が強い」とされてきた電機産業・家電業界の動向を取り上げることが多かった。そのため、大手家電メーカーが軒並み巨額の赤字を計上した昨年(2012年)は、記事を執筆しながらも重苦しい印象を受け続けてきた……。

 重苦しく感じていた理由は、取材対象として付き合いのあるメーカーが業績悪化に苦しんでいるからという面もある。しかし、一番大きな理由は“家電市場全体”が地盤沈下しているように感じていたためだ。「日本の家電メーカーが沈んでいる」との表現は、決算の数字を見ているだけであれば正しい。しかし、問題の全体像を理解するためには、いったん日本メーカーの苦境について忘れる必要がある。

 2013年1月8〜11日、ラスベガスで開催された米国最大規模の家電イベント「2013 International CES(Consumer Electronics Show)」では、家電業界全体を巡る状況を示す数字が如実に現れていた。今回は、その数字を起点にしながら、“新しいモノづくりの形”について発見するきっかけを模索してみたい。


宴(うたげ)の後に見つめ直す自分の姿

 今回のCESを振り返って感じるのは、デジタル家電景気に盛り上がり、成長してきた家電メーカー各社が、ホームエンターテインメントのデジタル化という宴(うたげ)の時が過ぎた後に、「“自らの本来の姿とは何か”を見つめ直す時期になったのだな」ということだ。2013年に入り、筆者が何度もさまざまな場で主張してきたことだが、CESが終わり、時間のたった今でもその考えは変わっていない。

 1990年代、人々の関心は家電からパソコンへと移り変わり、CESはその規模を縮小していった。これに代わり、展示会として発展していったのが「COMDEX」だった。そして、その後、COMDEXが衰退し、CESが復活しはじめたのは、パソコンが主導したマルチメディア化、映像・音楽・写真のデジタル化といった技術トレンドを、家電メーカーがキャッチアップし、製品へと積極的に取り込みはじめたからだ。

 いわゆる“デジタル家電の時代”の始まりである。

 放送のデジタル化、テレビのデジタル化、そしてハイビジョン化と、家電製品の中でも最も大きなキャッシュフローを生み出す“テレビ”という商材を中心に、繰り返しイノベーションの波が起きたことが、「CESの拡大=デジタル家電業界の拡大」を促した。今ではパソコン、ゲーム、カメラといった産業をもCESは取り込んでいる。

image01 ※イメージ画像

 ところが10年以上にわたって続いた家電業界の好景気は、2008年のリーマン・ショックを機に終わりを告げる……。昨年、2012年に大手家電メーカーが軒並み巨額赤字を計上したことで顕在化したが、振り返れば既にデジタル家電の時代は2008年末をもって終わりを告げていたのかもしれない。

 これは数字の上でも明らかだ。市場調査会社であるGfkとCEA(The Consumer Electronics Association:CESを主催する協会)が公表している数字を見ると、家電製品のワールドワイドでの売り上げは、リーマン・ショック後の2009年に激減している。その後、少しずつ回復し、欧州経済危機のあった2012年は伸び悩んだものの、今後は少しずつ増えていくと予想されている。

 この数字だけを見ると、確かにデジタル家電という産業は、今後も成長できる分野だと感じる(かもしれない)。しかし、エレクトロニクス業界に関わる人間ならずとも、“今後も成長していく”という実感は、なかなかわいてこないのではないだろうか。これからの成長に関し、GfkとCEAは「ここ数年、新興国の伸びが先進国の熟成を補って余りある」と力強く語ってきたが、別の角度からの数字を見てみると、それが正しくないことが分かる。

CESの衰退がデジタル家電時代の終焉(しゅうえん)を明示している

 CESは、歴史の中で多様な分野をのみ込み、“ホームエンターテインメント市場のデジタル化”という大きな渦の中に、それらを巻き込んできた。出展社数や来場者数の増加から、CESはまだまだ成長しているように見える。

 しかし、それは八百屋が食料品店となり、雑貨を扱い、さらには衣料品を売るようになって成長し、果ては大きなスーパーマーケットへと成長しているようなものだ。ビジネスの規模は大きくなっているが、扱う食料品は専門性を失い、以前ほどの存在感を示していない……かもしれない。

 筆者の視点からは、“過去10数年に渡って拡大路線をひた走ってきたCES”は衰退し、“新しい別のCES”として再起動されたように見える。その様子は、CEAがGfkと共同作成した資料の中に示された数字からも読み取ることができる。

CEAとGfkがCESで発表したデータ CEAとGfkがCESで発表したデータ

 彼らはCESで扱っている品目のうち、スマートフォンとタブレット端末、2つのカテゴリーを抜き出し、収益ベースで従来のデジタル家電(上記2製品を除いた収益)とを比較するデータを示した。それによると、デジタル家電市場は2009年の大幅な落ち込みの後、新興国が急伸しているにもかかわらず売り上げはほぼ横ばい。さらに、2012年の見積もりはマイナス値となり、その流れは2013年も加速していくと予想している。

 CEAとGfkがCESで共同発表しているデータは、毎年、家電市場を盛り上げるよう配慮がなされているためか、やや予測値が“盛り気味”な印象だ。ここ数年、特にリーマン・ショック後のデータは、やや疑問を持たざるを得ないものが多かったが、上記の数字とともに「これからはスマートデバイスの時代」とアナリストが総括したことに、従来的な意味におけるCESの終焉(しゅうえん)を感じずにはいられない。

 彼らの予想によると、2013年はCESが扱う製品から得られる収益の実に30%がスマートフォンとタブレット端末によるものだという。経営者が「スマートフォンとタブレット端末に経営資源を集中する!」といった事業戦略を口にすると、「今から後追いでAndroid端末を作って、本当に事業性があるのか?」といった批判が必ず出てくる。しかし、これだけ急激に収益トレンドが変化していると、社運を賭けてスマートフォン/タブレット端末へと踏み出さなければ、企業としての規模を維持できなくなるのも確かだ。

 「日本家電沈没」と、“日本”を強調する論調で家電メーカーの不調を伝える記事は、その現象だけを見れば確かに正しい。しかし、実際にはライバルといわれる韓国家電メーカーも、従来のデジタル家電分野では厳しい事業環境にさらされている。だから、もし「沈没」という言葉を使うのであれば、「家電業界の沈没」と表現しなければならない。為替や政府支援などの環境の差から、日韓家電メーカーの差が生まれている側面もある。しかし、もっと俯瞰(ふかん)して全体を見てみると、家電市場全体が沈んできているのだ。

 そして、ここ数年――。従来のデジタル家電に代わって伸びてきているのがスマートフォン/タブレット端末だ。今、これら分野への参入・投資への遅れが“差”として表れている。特に、いち早く勝負をかけ、マーケティングコストをふんだんに投入してきたサムスン電子の躍進については、もはや説明の必要はないだろう。

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