電子部品の信頼性とカーエレクトロニクスの将来知っておきたいカーエレクトロニクス基礎(10)(3/3 ページ)

» 2009年01月23日 00時00分 公開
[河合寿(元 デンソー) (株)ワールドテック,@IT MONOist]
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カーエレクトロニクスの将来

 最後に「カーエレクトロニクスの将来」について紹介します。ただし、いきなりカーエレクトロニクスの将来を考えるのではなく、その方向性を決定付ける“自動車の将来”から見ていくことにしましょう。

自動車の将来

 地球環境への配慮やガソリン価格の高騰などにより、自動車開発はCO2削減や燃費向上だけでなく、代替燃料やEV(Electric Vehicle:電気自動車)などの新動力源の研究・開発へとまい進しています。ここでは、こうした新動力源をはじめとするいくつかのキーワードを紹介するとともに自動車の将来について考察していきます。

・可変バルブ制御システム
 ガソリンエンジンにおける効率化については、可変バルブ制御システムが挙げられます。スロットルバルブの場合は、吸入空気量を絞るためにスロットルバルブからシリンダーまでが負圧となり、その体積が増大することで、ポンピングロスが大きくなりますが、可変バルブ制御システムの場合は、このスロットルバルブをなくしてエンジンの吸気バルブで吸入空気量を調整することにより、最大で10%の燃費向上が図れるといわれています。

・ディーゼルエンジン
 ディーゼルエンジンは、第6回「地球に優しい『ディーゼルエンジン』と電子制御」で説明したように、180MPa以上のコモンレール高圧燃料噴射システムが採用されています。さらに、ピエゾインジェクターと電子制御排気ガス後処理システムの登場により、ディーゼル乗用車が日本でも普及すると考えられます。

・直噴ガソリンエンジン
 2006年、独BMW社が発売した直噴ガソリンエンジンはスプレーガイデッド直噴ガソリンエンジンと呼ばれ、成層燃焼を組み合わせています。これは、ピエゾインジェクターがキーとなり、中空円すい状に燃料を数回噴射する方式で、画期的に燃焼の改善が図られ、低燃費と高出力を実現しています。このように今後直噴ガソリンエンジンはさらなる高い燃料噴射圧力化や方式の改良が図られて、普及していくものと思われます。

・トルコン式トランスミッション
 トランスミッションについては、トルコン式のトランスミッションがさらなる効率化が図られるとともに、本来効率の良いCVT(Continuously Variable Transmission:無段変速機)が2000cc以上の自動車にも搭載されるでしょう。

・代替燃料
 代替燃料としてバイオ、水素や電気が有望視されていますが、それぞれ課題があります。バイオ燃料はエタノールが主成分ですが、エタノール100%(E100)はガソリンに比べて揮発性が悪く低温始動性が困難なため、E25(エタノール25%)を始動時に用いる2タンク方式が採用されています。ECUは始動時と始動後の燃料を切り替える制御が必要になります。

・燃料電池
 水素燃料の水素はどのような1次エネルギーからも作ることができます。しかも、有害な排気ガスもCO2もまったく発生しないというメリットがありますが、その半面解決すべき課題も多くあります。例えば、エネルギー密度が小さいこと、貯蔵が難しいことなどが挙げられます。しかし、近い将来これらの課題をクリアした水素燃料のエンジンおよびFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle:燃料電池電気自動車)が登場してくると考えられます。

・電気自動車
 EV車は昔からありましたが、航続距離が短く、大型のバッテリーを搭載するために高コストであり、しかも充電時間が長いなどの課題があり、なかなか普及していないのが実情です。普及にはバッテリーのブレークスルーが必要です。

・ハイブリッドシステム
 HV(Hybrid Vehicle:ハイブリッド)システムは、ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせてお互いのメリットを補って利用したシステムです。燃費を大幅に向上できます。ちなみに、ハイブリッドとは“異なる種類の動力源を組み合わせたもの”という意味です。

 直流モーターは低回転でトルクが大きく、回転が上がるに従ってトルクが下がるという特性を持ちますので、自動車の始動や低速走行にはぴったりといえます。従って、変速機は必要ありません。従来のガソリンエンジンは基本的にはフラットトルクであり、低負荷・低回転では効率が悪く、回転が上がっていくにつれて効率が良くなります。つまり、始動から約60km/hくらいまでをモーター駆動とし、それ以上の速度でエンジン駆動とすれば効率的といえます。また、モーターはスターターとしても動作します。図4にプリウス(トヨタ)のHVシステムを示します。

図4 プリウスのHVシステム

 エンジンは一定速以上になると自動的に始動して発電機を回します。発電機はモーターなどへ電力を供給するのが本来の目的ですが、自動変速機の働きもします。減速や制動時にモーターは回生発電機として働き、運転エネルギーの一部を電力に変えてバッテリーに充電します。ちなみに、モーターショーなどの展示会でトヨタはプリウスをベースに、家庭用電源で充電可能なプラグインHV自動車「トヨタプラグインHV」をお披露目しています。そう遠くない未来に、一般家庭のコンセントで気軽に充電できるプラグインHV車が市場投入されることでしょう。

 今後、HVは省資源の切り札として新しい機能追加や改良がなされて、ますます発展していくものと思います。

カーエレクトロニクスの動向

 それでは、前述の自動車の将来を踏まえて、カーエレクトロニクスの動向を考えていきましょう。

 エンジン、トランスミッション(変速機)においては吸排気バルブを動かすモーターやリニア電磁弁、ピエゾインジェクターの駆動回路、CVTの可変プーリーを動かすモーターなどの駆動回路およびECUが新規開発されたり、改良されたりしていくものと考えられます。

 代替燃料については、エタノールセンサや水素センサなどのセンサが必要になります。特に、水素は安全面からいろいろな対策が取られるためにECUが活躍することになります。EV、FCEVやHVについては、まずモーター駆動回路やDC−DC昇圧回路が必要です。また、モーターの動力(馬力)を上げるには印加電圧を上げる必要があります。プリウスの動力はMAX50kW(68馬力)で、モーターの印加電圧500Vですから、単純計算でMAX約100Aの電流が流れることになります。この電流を制御するわけですからパワー素子の発熱も相当なものです。今後印加電圧も高くなり、駆動周波数も高くなっていきますので、低損失、高耐圧、高耐熱や大電流のパワー素子が必要になってきます。ご存じのとおり、現在のパワー素子の材料はシリコンが主流ですが、将来的にはSiC(炭化ケイ素)などの新材料のパワー素子が登場する可能性があります。図5にSiCの物性とそのデバイスの性能を示します。

図5 SiCの物性とSiCデバイスの性能

 次の方向として、自動車のインテリジェント制御化があります。いろいろな制御システムを紹介しましたが、今後、より高度な排気浄化と低燃費要求を満足した動力性能の追求、ABS(Antilocked Braking System)制御やエアバッグなどに代表される危険回避、衝突安全さらに予防安全の確保、そして操縦安定性、乗り心地の向上、乗員の快適性の向上やコンビニエンス(利便性)システムなどが発展するでしょう。また、新しい個別機能と従来機能とを複合・集積化させることによって新たな魅力ある新しい機能も登場すると思われます。この個別機能を融合させる技術はエレクトロニクスが最も得意とするところであり、期待されています。

 もう1つの方向として、情報通信の進化が挙げられます。今後より一層、自動車と社会インフラなどとのつながりが重要となるでしょう。これにより、交通渋滞による経済損失の減少、交通事故の減少、道路の有効活用による実質的な道路容量の拡大などが図れます。また、ドライバの安全運転に必要な情報提供、安全のためのレーン内走行制御や一定区間道路での自動運転制御などの目標があります。これらの目標も含めて、日本では「VERTIS(Vehicle, Road, and Traffic Intelligence Society)」として、「ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)」の推進協議会が1994年に設立されました。2001年には名称を「ITS Japan」に変更し、現在に至ります。この協議会のメンバーは警察庁などの国の省庁と関係団体、企業や学識経験者です。図6にITSを構成する主なシステムを示します。

図6 ITSを構成する主なシステム

 ITSはハードウェア、ソフトウェアを含め、カーエレクトロニクス関連の新たな産業を生み出すものとして期待されています。

 以上、「電子部品の信頼性」「カーエレクトロニクスの将来」について解説してきました。いかがでしたでしょうか? 本連載は、今回の内容をもって最終回となります。全10回の内容で、筆者が伝えたかった「カーエレクトロニクスの基礎」「カーエレクトロニクスの魅力」はほぼすべて説明できたと思います。読者の皆さま、長期間にわたり本連載にお付き合いいただき本当にありがとうございました。(連載完)

【参考文献】
(1)「カーエレクトロニクス」 志賀 拡、水谷 集治/山海堂
(2)「自動車の電子システム」 荒井 宏/理工学社
(3)「クラウン新型車解説書・修理書・配線図集」 トヨタ自動車
(4)「セルシオ新型車解説書・修理書・配線図集」 トヨタ自動車
(5)「自動車メカ入門―エンジン編」 GP企画センター/グランプリ出版
(6)「クルマのメカ&仕組み図鑑」 細川 武志/グランプリ出版
(7)「電気学会誌 Vol.118,No.5(1998):SiCパワーデバイスの開発状況」 菅原 良孝

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