魅力的な素材と、新しい造形技術は年々増えているが、3Dプリントを「なんでも作れる魔法の箱」とする認識は2010年代のブームの終わりとともに過去のものになりつつある。今や機械/材料ともに「作るべき製品」に合わせた最適なチューンアップが施され、素材の特徴と造形技術を最大限生かしたアイデアの結節点においてのみ、3Dプリンタによる既存工法の置き換えや新しい製品づくりが実現可能であることが認知され始めている。
筆者が関わった事例でいくつか例をあげてみる。
オカムラが、慶應義塾大学と共同開発したオフィス家具シリーズ「Up-Ring」は、ペレット式3Dプリントを用い、植物由来のバイオポリエチレンをベースに、特殊な材料コンパウンドを用いて3D造形性とオフィス家具としての強度を両立させた製品である。開発段階において、複数の材料ブレンドをつくり、3Dプリントで試作を回すことで、迅速に製品性能評価を行っていくことができた。
3Dプリントの製造上の特性を生かし、在庫レスで受注生産を可能にしているなど、既存の家具メーカーのビジネスモデルに変革をもたらす可能性などが評価され、2022年度グッドデザイン賞、IFデザインアワード2023に選出されている。
ワコールが乳房を手術された方を対象にプラスチック成形メーカーのキョーラクと共同で開発した「ぷるるんメッシュパッド」は、これまで3Dプリントでは使用不可能と考えられてきたショア硬度A0の軟質材料とメタマテリアル構造の組み合わせによって生まれた製品である。既存のブラパッドの課題であった「通気性」を特殊なメタマテリアル構造によって大幅に改善した製品として、2023年度グッドデザイン賞のBEST100にも選出されている。
リサイクル素材に適切な改質を施した上で高価値に転生させる手段として、東京2020オリンピック・パラリンピックでの表彰台制作に活用されたことは、過去記事「3Dプリンタだから実現できた東京五輪表彰台プロジェクトとその先」などで詳説されている。
このように製造機械の進化に伴走するように進んだ素材の進化によって、3Dプリントの可能性は今もなお拡がりを見せている。特にその中でも、例に挙げたように既存の業界においてのスペシャリストたちが、3Dプリントを新しい製造手段として真剣に考え始めたことで、コスト/耐久性なども十分に検討された上で製品品質の向上も実現した「よい製品」が市場に出てくる動きが活発になり始めている。
最近、街を見渡すと、実は3Dプリントで作られたアイテムがそこかしこに存在していることに気が付く。駅や空港に設置されている両替機のコイントレー、レンタルスクーターのハンドル周り、店舗内装の照明器具など、特に3Dプリントであることを特別に明示するでもなく、製造方法を選択する上での合理的な帰結として、3Dプリントが選ばれ始めているのである。
これらは既存の製造業がイメージする大量生産型のビジネスモデルとは距離がある分野ではあるが、3Dプリントが持つメリット/デメリットを正しく理解された上で適用された事例であり、このようなところからもまた日本での3Dプリントの活用の萌芽を見るのである。
次回は、3Dプリントでの製造における素材選択や、素材開発時において検討すべき事項について、筆者の関わってきたプロジェクトから具体例を引用しつつ解説を行う予定だ。(次回へ続く)
慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 特任講師/慶應義塾大学SFC研究所 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター所属 湯浅亮平(ゆあさりょうへい)
1987年生まれの3Dプリントマテリアルデザイナー。専門分野はデザイン工学、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング向けの材料ブレンド、意匠形態学。2012年、千葉大学大学院工学研究科デザイン科学専攻、修了。プラスチック製品製造のキョーラクにて、製品の研究開発において、3Dプリント機材をプロトタイピング工程に導入。開発用途に使用するのみではなく、3Dプリント材料の開発を始める。2018年、慶應大学SFC研究所に客員研究員として加入後、デジタル製造分野において素材とデザインをつなぐ役割を担い、多くのデザイナーと共同作業にて制作。2022年より、慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 特任助教として着任。2023年、特任講師。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作において、材料開発チームリーダーを務めた。現在、文部科学省COI-NEXT(2021〜)「デジタル駆動超資源循環参加型社会共創拠点」では若手マネジメントリーダーとして、神奈川県鎌倉市を舞台とする産官学民参加型の資源循環社会基盤創出プロジェクトに参画中。
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