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» 2021年11月01日 11時00分 公開

国内投資を減らす日本企業の変質と負のスパイラル「ファクト」から考える中小製造業の生きる道(9)(5/5 ページ)

[小川真由/小川製作所,MONOist]
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金融資産と利益ばかり増える日本企業

 図10は日本企業の資産や負債、純資産をまとめたグラフです。

photo 図10 日本の企業における資産と負債の詳細[クリックで拡大] 出所:「法人統計調査」を基に筆者が作成

 図8図9が日本企業全体の売上高や利益などフロー面(損益計算書の内容)を表すのに対して、図10はストック面(貸借対照表の内容)を表していると考えると分かりやすいのではないでしょうか。

 図10では、資産はプラス側、負債はマイナス側で表現してあります。極めて特徴的なグラフですので、ぜひじっくりと眺めていただきたいと思います。日本企業は資産側も負債側もほとんどの項目でバブル崩壊以降横ばいが続いています。唯一右肩上がりで増大しているのが、資産側の「有価証券 他」ですね。つまり金融投資です。

 そして、純資産は右肩上がりで増大しています。特に純資産や有価証券の増大が著しくなるのは、くしくもGDPが本格的に停滞を始める1997年(厳密には1998年)を起点にしています。冒頭で、本来の企業の役割は「借入を増やして事業投資を行い、付加価値を増大させること」と述べましたが、現在の日本企業の「借入」は横ばいです。そして、事業投資されていたら増えるはずの「有形固定資産」も横ばいです。つまり、日本企業は「事業投資」を増やしていません。

 資産の中では「有価証券 他」のみ一方的に増えていますので「金融投資」あるいは「海外投資」ばかりが増えている状況です。日本製造業の海外進出も「対外直接投資」(現地法人の株式)としてこの項目に含まれるはずです。このことからも、日本企業は国内における事業投資は増やさず、金融投資や海外投資によって利益と資産を増大させる存在へと「変質」していることが見て取れます。

われわれ企業の目的とは?

 当然、企業がこのような活動を続けていたら、国内の労働者に還元する必要はなくなりますので、現在までに見てきたような労働者=消費者の貧困化が進むことにつながっているわけですね。そして、国内経済が停滞していて、市場が拡大しなければ、企業は投資を控えますので、さらに市場が縮小していくという負のスパイラルに入っていきます。

 日本経済はこのような「自己実現的な経済停滞」が続いている状況だともいえます。長引く「相対的デフレ期」によって、国内では物価が停滞する一方で、国内で生産して輸出するというビジネスも成立しにくい状況が続いてきました。人口もこれから減少していくことがほぼ確実な状況です。

 つまり、日本企業から見ると、日本国内に投資する意義が薄れ、より稼げる海外や金融投資へと軸足を移しているわけですね。はっきり言ってしまえば、国内の事業者や労働者、そして政府も企業から半ば見捨てられてしまっている状況と言えます。このように個別企業としては利益を増やすために合理的な判断のもと企業活動が行われていますが、国内の経済全体としてはかえって停滞が続くという「合成の誤謬(ごびゅう)」が続いています。

 なぜ、このような「合成の誤謬」から抜け出せないのでしょうか。

 もちろん、人口動態の変化や、それに伴う社会保障費の増大、あるいは消費税増税などにより消費者の購買力が減っているなどの要因もあると思います。

 ただ、経済活動の主体である企業と家計ですが、モノやサービスの値段を決めるのも、消費者である労働者の給与を決めるのも「企業」ですね。そして当の企業が、事業活動の変質により、自己実現的に経済停滞を引き起こしているという側面があるように思います。

 特に企業の変質のポイントは以下の2つではないでしょうか。1つ目は、仕事の価値である「付加価値」の長期的な増大ではなく、短期的な「利益」を追うことに比重をかけ過ぎている点です。2つ目は、消費者でもある労働者を「投資対象」ではなく「コスト」と見なしてしまっている点です。

 これらは短期的には合理的な判断なのかもしれませんが、長期的に見れば国内経済を衰亡させる判断であることは自明なように思います。企業は「利潤」を追求する存在ではありますが、短期的に利潤を求めるあまりに国内の基盤そのものが脆弱化しているように思います。このように変質してしまった企業活動を正常化していくことが、これからの日本経済を成長軌道に戻すに当たって重要だと考えます。

 一方で近年では、生産性の低い中小企業が多過ぎることが、経済成長の足を引っ張っているといった言説も増えているようです。本当に日本では、中小企業が多いことで経済成長が阻まれているのでしょうか。中小企業は、国内経済の主役とも呼べる存在です。

 今回見てきた、付加価値→利益、事業投資→金融投資、労働者→株主、長期→短期という企業の変質が進む中で、私たち中小企業の果たすべき役割とはどのようなものでしょうか。次回はいよいよ日本の中小企業についてのファクトを共有していきたいと思います。

≫連載「『ファクト』から考える中小製造業の生きる道」の目次

筆者紹介

小川真由(おがわ まさよし)
株式会社小川製作所 取締役

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 慶應義塾大学 理工学部卒業(義塾賞受賞)、同大学院 理工学研究科 修士課程(専門はシステム工学、航空宇宙工学)修了後、富士重工業株式会社(現 株式会社SUBARU)航空宇宙カンパニーにて新規航空機の開発業務に従事。精密機械加工メーカーにて修業後、現職。

 医療器具や食品加工機械分野での溶接・バフ研磨などの職人技術による部品製作、5軸加工などを駆使した航空機や半導体製造装置など先端分野の精密部品の供給、3D CADを活用した開発支援事業等を展開。日本の経済統計についてブログやTwitterでの情報発信も行っている。


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