理化学研究所は、筋収縮の最小機能単位であるサルコメア構造の一部を人工的に設計し、筋収縮の瞬間におけるモーター分子の動態を直接的に捉えることに成功した。肥大型心筋症の要因となるミオシン変異体を分子レベルで詳細に診断可能になる。
理化学研究所は2019年11月27日、筋収縮の最小機能単位であるサルコメア構造の一部を人工的に設計し、筋収縮の原理を解明することに成功したと発表した。同研究所生命機能科学研究センター細胞動態計測研究チーム チームリーダーの柳田敏雄氏らによる研究成果だ。
肥大型心筋症の主な原因として、心臓を拍動させるモータータンパク質「ミオシンII」の変異が挙げられる。治療に応用するため、ミオシンの機能を正常な状態に戻す化合物の開発が望まれているが、これまでの手法ではミオシンの動きを直接捉えることができず、化合物開発に必要な収縮時のモーター分子の動態を調べるのは困難だった。
今回、共同研究チームは、筋肉収縮時におけるミオシンの構造変化を直接観察するための技術を開発した。筋収縮の際、ミオシンが集団になったフィラメント(thick filament)とアクチンフィラメントが平行になって、互いに滑り合うが、その動きを再現する。
まず、DNAを折り紙のように折りたたんでナノ構造物を作り上げる「DNAオリガミ技術」で足場を作成し、ヒト筋肉のミオシンを連結して天然同様のナノシステム(人工thick filament)を設計した。これにより、人工thick filamentに沿ってアクチンフィラメントが滑る時のミオシンの分子形状を高速原子間力顕微鏡で観察し、高解像度で画像化することに成功した。
画像化により、ミオシンのレバーアームと呼ばれる部位が収縮時に2段階で構造変化を起こし、力が発生して十分な収縮が引き起こされる様子が確認できた。さらに詳しく観察したところ、レバーアームがthick filament内の別のミオシンの影響を受け、1段階目の構造変化で発生した力により、停止状態で運動を終える「収縮」や、1段階目で力が発生した後、逆方向に構造が変化して、力が発生する前の構造に戻る「弛緩」、再度、構造変化を起こして力が発生する「収縮」など、柔軟な動きで収縮を引き起こしていることが分かった。
次に、人工thick filamentの一部に、アクチンと安定して結合するタンパク質を導入し、ミオシンがアクチンから外れにくくなるようにした。レーザー暗視野顕微鏡と高速撮影カメラで、収縮の瞬間のミオシン分子の動きを捉えたところ、ミオシン分子がアクチンフィラメントに沿ってランダムに動きながら、収縮に必要な構造変化を起こすための最適な場所を探索している様子が観察された。また、ランダムな動きから方向性を持って最終的な着地点を選んでいることから、「ブラウニアンラチェット」と呼ばれる機構が作用していることも判明した。
筋収縮の瞬間を直接的に画像化できたことにより、今後は肥大型心筋症の要因となるミオシン変異体を分子レベルで詳細に診断可能になる。さらには、今回開発した技術が、医療への応用にとどまらず、人工筋肉やナノレベルのエネルギー変換装置、メカノバイオロジーへ貢献することも期待される。
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