慶應義塾大学と藤田医科大学は、末梢血細胞からiPS細胞への初期化を介さずに神経細胞を産生する技術を開発した。誘導前の細胞が保有していた情報の一部を受け継ぐ神経細胞が、遺伝子導入から約20日で産生する。
慶應義塾大学は2025年5月26日、完全に初期化させない部分的リプログラミングという方法を応用し、末梢血細胞からiPS細胞への初期化を介さずに神経細胞を産生することに成功したと発表した。藤田医科大学との共同研究による成果だ。
新たに開発した神経細胞誘導技術は、神経細胞の誘導に重要な転写因子NEUROD1と、iPS細胞の樹立で用いられるOCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYCの4遺伝子を同時に末梢血T細胞に導入することで、多能性幹細胞の状態へ完全に初期化することなく神経細胞に転換させる方法だ。この方法では、遺伝子導入から約20日で神経細胞が出現する。
細胞死による減少を最小限にすべく工夫した結果、最初に利用した血液細胞数とほぼ同数の神経細胞を得られるようになった。また、同培養法の改良を重ねることで、NEUROD1遺伝子と初期化4遺伝子の5遺伝子だけで神経細胞が産生できることが分かった。
産生した神経細胞を電気生理学試験や遺伝子発現解析で調べたところ、主にグルタミン酸作動性神経細胞であることが判明した。さらに、1細胞RNAシーケンスやCre-LoxP技術による細胞系譜試験の結果から、産生した神経細胞の多くがほぼ直接的に血液細胞から神経細胞や神経幹細胞に転換されたものであることが示された。
また、全ゲノムバイサルファイトシーケンスの結果から、産生した神経細胞は、誘導前の末梢血T細胞が保有していたエピジェネティックメモリー(後天的に取得した細胞情報)の一部を受け継いでいる可能性が示された。
iPS細胞の利活用は、脳神経系疾患の研究において有効な手段の1つになっている。しかし、iPS細胞を利用する手法は、例えばヒトの神経細胞を新しく調製する場合、約半年の期間を要するなど、長い時間を要する。また、細胞が初期化されることでエピジェネティックメモリーのほとんどが消失し、病態情報が保持されない懸念もある。これらの問題点を解決する方法として、直接的な神経細胞誘導法があるが、主に皮膚線維芽細胞を使用することから、細胞採取のために皮膚の切開と縫合が必要で患者への侵襲性が高かった。
今回開発した手法は末梢血を使用するため、迅速かつ簡便に多くの神経疾患患者の血液から神経細胞を作り出すことが可能になる。また、後天的に細胞が得たエピジェネティック状態に関与する病態も解析できる可能性がある。今後、創薬や再生医療への応用が期待される。
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