慶應義塾大学は、大腸がんの増殖をつかさどる「がん幹細胞」の詳細な機能の解析と、がん幹細胞を標的とした治療モデルの開発に成功した。がんの新たな根源的治療法の開発につながることが期待される。
慶應義塾大学は2017年3月31日、大腸がんの増殖をつかさどる「がん幹細胞」の詳細な機能の解析と、がん幹細胞を標的とした治療モデルの開発に成功したと発表した。同大学医学部の佐藤俊朗准教授らによるもので、成果は同年3月29日に英科学誌「Nature」に掲載された。
正常な大腸上皮の組織には幹細胞があるが、幹細胞だけが発現する遺伝子として考えられているのがLGR5だ。その分化細胞はKRT20という遺伝子を発現する。大腸がんも、正常な組織と同様にLGR5とKRT20で構成され、LGR5を頂点とするヒエラルキー構造を持つという。
佐藤准教授らは先行研究で、ヒトの大腸がんを培養し、マウス生体内でがんを再構築する技術(オルガノイド培養技術)を開発した。今回の研究では、この技術にゲノム編集技術を応用し、LGR5の遺伝子領域に緑色蛍光タンパク質(GFP)を組み込んだ遺伝子改変オルガノイドを作製した。これをマウスに移植して再形成したヒト大腸がん組織は、患者由来と同様のLGR5のヒエラルキー構造を示していた。これにより、ヒト大腸がんの特定の細胞について生体内での動態を観察できるようになった。
さらに、細胞系譜解析によってLGR5発現がん細胞の子孫細胞を蛍光タンパク質で可視化した。同手法により、たった1つのLGR5発現がん細胞が自分自身を産生しつつ、分化した子孫細胞を増やしながらがん組織を増大させる様子を捉えることに成功。この結果、ヒト大腸がん組織内にがん幹細胞が存在することが裏付けられた。
また、開発した治療モデルにより、がん幹細胞を特異的に殺傷する標的治療だけでは根源的治療が難しいことが確認された。治療を中止すると腫瘍が再び増大し、殺傷したはずのLGR5発現がん幹細胞が再度出現することもあった。そのため、LGR5幹細胞を殺傷した後にKRT20発現がん細胞の系譜解析をしたところ、LGR5発現がん幹細胞への「先祖返り」(脱分化)が観察され、腫瘍増大に寄与することが分かった。
次に、既存のがん治療薬とがん幹細胞標的治療を組み合わせて、その治療効果を検証した。がん治療薬セツキシマブ投与の後にがん幹細胞標的治療を行うと、腫瘍の著しい縮小が確認された。治療薬と標的治療、もしくは一方のみでは根治には至らず、両方を組み合わせた場合にのみ、根本的治療が可能であることが示された。
同成果は、今後の大腸がんの根治を目指したがん幹細胞機能の解明や、臨床で使用できるがん幹細胞標的治療薬の開発、分化がん細胞のがん幹細胞への脱分化を抑制して再発を予防する治療法の開発などにつながることが期待される。
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