VRの用途は、ゲームなどエンターテインメントに限らない。製造業では設計開発向けが有望視されている。「身体の入れ替わり」「瞬間移動」といったSFのようなことが実現すれば、さらに製造業の可能性を広げそうだ。
自分とあの人の身体が入れ替わったら――。VR(仮想現実)は、そんなSFじみたことを実現する可能性を持っているようだ。
「自分ではない誰かが見たり触れたりしたものを、その人になったつもりで追体験できるようになるのがVRだ」と東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授の稲見昌彦氏はIEEEが2017年2月16日に開催したプレスセミナーで説明した。
こうした特性を生かせば、ベテランの技術を伝承していくことや、遠隔地にいて現場に駆け付けられない場合にも作業を行うことが可能になりそうだ。
2016年はVR元年だといわれている。「象徴となるのは『HTC Vive』や『Oculus Rift』、『PlayStation VR』といったヘッドマウントディスプレイが登場したことだ。AR(拡張現実)も話題に上った。『Pokemon GO』がARに合ったゲームだったのが大きな影響となり、多くの人がARになじみを持っただろう」(稲見氏)。こうしたゲーム用途でVR技術は安価で身近なものになった点で、元年と呼ぶにふさわしいということだ。
VR元年は2016年だけでなく、1989年にもあったと稲見氏は説明する。「1989年に最初の商用VR製品『EyePhone』が登場した。さかのぼればVRの元祖はアイヴァン・サザランド博士で、彼が1965年に発表した究極のディスプレイに関するエッセイが該当する。VRブームは25年に1度くらいのペースで起きているが、これまではとても高価で一部の技術者にしか使えないものだった」(稲見氏)。
稲見氏はVRによって「体験のパブリッシュが可能になる」と説明する。身体体験を記録して、他の人に、時を超えても伝えることができるようになるという。一人称としての体験を、一人称のまま誰かに伝えることが実現する。
その一例が、愛知工科大学の板宮朋基氏の研究だと紹介した。津波の水位を実際の街の風景に重ね合わせて見られるようにするものだ。「災害の教訓は世代を超えるごとに忘れられていき、上の世代から聞いても知識でしかなく、腑には落ちない。災害の被害も実体験として伝えることを可能にするかもしれないのがVRだ」(稲見氏)。
VR=Virtual Realityは仮想現実と訳されることが多いが「本当は仮想というよりも『実質的に存在する』というニュアンスだ」(稲見氏)と強調した。その実質的な存在を、よりリアルにするために進んでいく技術の進化にも触れた。
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