横浜市立大学は、トラウマ記憶を光操作によって消去する新しい技術の開発に成功した。記憶形成のメカニズム解明や、心の傷に起因した精神障害をコントロールする新規治療法開発の糸口になり得る研究成果だ。
横浜市立大学は2016年12月6日、トラウマ記憶を光操作によって消去する新しい技術の開発に成功したと発表した。同大学大学院医学研究科の高橋琢哉教授らの研究グループが、東京大学先端科学技術研究センターの浜窪隆雄教授、大阪大学産業科学研究所の永井健治教授と共同で行ったもので、成果は同日、米科学誌「Nature Biotechnology」にオンライン掲載された。
同研究グループは以前、ラットを用いた研究で、「恐怖記憶が形成される際に、グルタミン酸受容体の1つであるAMPA受容体が海馬のCA3領域からCA1領域にかけて形成されるシナプスに移行する。これが恐怖記憶形成に必要」ということを発見した。
今回の研究では、まず、AMPA受容体の1つであるGluA1に対するモノクローナル抗体を作製し、その抗体をエオシンでラベルした。エオシンは、光に反応して活性酸素を発生する光増感物質だ。抗体が標的分子に結合した際に光を当てると、標的タンパク質を活性酸素によって不活性化できる。このような技術を光操作分子不活性化(CALI)と呼ぶ。
このエオシンラベルした抗GluA1抗体をラットの海馬に注入し、ラットが暗い箱に入った時に電気ショックを与えるという恐怖条件付けを行った。この学習後、光ファイバーを用いて海馬に光を照射したところ、GluA1抗体に吸着しているエオシンからの活性酸素によってGluA1が不活性化した。これにより、恐怖条件付けによって形成されるトラウマ記憶を消去できた。
同成果は、記憶形成のメカニズム解明、さらにはPTSD(心的外傷後ストレス障害)など心の傷に起因した社会性障害の精神障害をコントロールする新規治療法開発の糸口になることが期待される。
事故や災害時の恐怖体験や、対人関係のトラブルといった社会的関係のストレスなど、嫌な記憶が強く形成されてしまうとトラウマとなり、対人恐怖症などの社会性障害を引き起こす。そのため、トラウマ記憶形成の分子細胞メカニズムを解明し、コントロールすることは健全な社会生活を営む上で非常に重要だという。
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