S660は、ドライバーの後ろにエンジンを搭載するミッドシップレイアウトを取り、さながらスーパーカーをギュッと小さくしたようなシルエットだ。前にエンジンがないので、フロントフードが低く、高さの薄いヘッドランプと併せて、ロー&ワイドなスポーツカーらしいカタチを実現している。黄色いナンバープレートが付いてなければ、見る角度によっては軽自動車ではないように見える。
軽自動車枠でのタテヨコ比率(全長3400×全幅1480mm)で作られたクルマは、主流のハイトワゴンのタイプでなくとも、どこかしら「コロン」とした雰囲気を感じるものだが、S660にはそれがない。
S660のプレスリリースで、「見て楽しい、乗って楽しい、あらゆる場面でいつでもワクワクする、心が昂ぶる本格スポーツカーを追求」とうたっているように、普通車のスポーツカーにも負けない“らしい”カタチを追求している。サイズは小さいので、流麗なカタチではないけれど、横から見ると低いフロントフードからボリュームの大きなリアセクションへと続くカタチは、ボディサイドに斜めに走るキャラクターラインや前後異径サイズのタイヤの効果もあって、前傾姿勢を強調した「走りのイメージ」を感じさせる。そしてリヤのエンジンフード上に切られたスリットからはエンジンカバーの「HONDA」ロゴがちらりと見えるといった演出も忘れていない。
造形面でもロー&ワイドに見えるために、限られた寸法枠の中で練り込まれていることが見て取れる。先に述べた低いフロントフードや上下方向が薄いヘッドランプに加え、割線をボディサイド側に持ってきたこともワイド感に貢献している。
タイヤがボディの四隅で踏ん張った感じを出すには、タイヤを包み込むフェンダーの膨らみを見せることが有効だが、最大寸法が規定されている軽自動車である以上、安易にフェンダーを張り出させるわけにはいかない。そこで、リヤ側の上部を絞り込んだり、サイド面を一度へこませたりすることで、S660を斜め前から見た時のリヤタイヤの張り出し感を出している。
S660は、オープンカーのあるライフスタイルを楽しむというより、より手軽にスポーツドライビングを楽しむための、屋根も開くホビーカーという方向で仕立ててきた。ミッドシップ・オープン2シーターの軽自動車といえば、かつてホンダには「ビート」が存在したわけだが、スポーツカーとしての運動性能へのこだわりを前面に出しているS660を見ていると、もし過去にビートという存在がない中でS660が企画されたとしても、ミッドシップレイアウトのスーパーカーをミニチュアにしたようなスタイルを選択したのではないだろうか。
加えて今年(2015年)のホンダには、スーパーカー「NSX」の再投入という話題もある。ハイエンドのクルマになるNSXは、イマドキのスーパーカー群と同じくハイブリッドシステムをはじめとするハイテク満載であり、かつてのNSXが試みたように既存のスーパーカーに対して、新たな価値をぶつけようとしている姿勢がうかがえる。これに対してS660は、ある意味プリミティブなスポーツドライビングを楽しむクルマになっている(とはいえ「アジャイルハンドリングアシスト」のような電子制御を備えるので、十分にこちらもハイテクカーといえるのかもしれない)。ホンダがNSXとS660で、スーパーカーやスポーツカーに対して、両面からアプローチしようとしている点は興味深い。
カタチでも、走行性能に関わる機能面でも、時速200km超の速度域で走るスポーツカーに用いられる要素がこれでもかと小さな軽自動車のサイズに詰め込まれているS660を眺めていると、案外フェラーリなどのスーパーカーを持っているオーナーの中にも、手軽なオモチャとして1台買ってみようかという人がいるんじゃないかな、と感じた。
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