まず、製品の需給調整上の問題です。生産のラインキャパシティや部品の調達状況により販社の要求を満たせない場合に、本社の需給調整部門による計画調整が行われますが、販社の要求を満たせないケースが多発し始めたのです。新業務での計画は数量情報のみを対象としていたこともあり、そういった場合には以下のようなアロケーションルールを設けていました。
いずれも販社側が納得できることを考慮して設定されたルールです。このルールでは数量を中心とした販社の納得性に重点が置かれており、金額インパクトや経営に対する影響は考慮されていませんでした。このこともあり、販社は強めの販売計画を早めに入れるような傾向になり、調整し切れないケースがますます増えたのです。
需給調整担当で合意をまとめ切れない場合に、経営層に対して判断を仰ぐようにプロセスが追加されましたが、競争の激しい業界であることもあり、販売要求を優先するのか、生産の制約を優先するのかとの2択においては、経営層も含め「販売優先」との判断が取られました。結果的に生産側での努力対応が指示されたのです。生産側では人員増加や、ライン調整などを含めて供給能力を上げ対応を重ねましたが、結果として売れ残りと、コストアップが重なり、製品在庫金額が増え始めました。
もう一点が部品調達の問題です。高額で調達先が限定される重要部品が、市場環境の逼迫状況などにより、調達リードタイムが大幅に伸びるケースが増えてきたのです。長いものでは10カ月以上先発注をせざるを得なくなってきました。部品の調達計画を販社の販売計画に基づき行うプロセスであることから、販社の販売計画も10カ月以上先まで立案することになっていきます。長期の計画にもとづいて部品の必要数量が算出されますが、長期的な販売計画精度の問題と、高額部品であることから部品調達担当者が「必要数量の妥当性を判断しきれず手配が行われない」または「リスクを考慮して少なめに発注する」といったことが起き始めたのです。結果として部品の調達で後手を踏み、「生産したくてもできない」といったケースも出てきました。
以上の2つの問題を引き起こした要因はさまざまではありますが、大きな要因は計画業務プロセスが「数量」のみを対象としていたことと、「現場ならびに管理層主体のプロセス」であったことが特徴です。現在の事業環境においては「数量」と「現場中心」で業務を回していくためには、判断材料と権限が足りなくなってきているのです。
A社では上記の状況を受け、SCMプロセスの再度改善に入ります。基本的な業務の流れと、システムはほとんど変えずに、ここに金額要素と経営層のプロセス参画を加えたのです。
販売計画、在庫計画・見通し、生産計画、部品調達計画数量に単価を掛け、それぞれ金額で評価し、レビューを行うことで計画に対する経営層の承認を行っていきます。また需給調整によるアロケーションが必要となる際は売価とコストに加え、粗利ベースでの影響を判断材料とするようにしています。
金額要素を加えたことにより、それまでは「販売優先 or 生産優先」という2択だったのを、経営層の生販計画に対する評価・修正が行われるようになりました。また長納期部品の調達においても金額インパクトを理解した上で経営層が承認を行うようになったため、担当者の判断による内部調整がなくなり、計画と実行が筋を持ったものとしてプロセスが回り始めました。
この事例で行った金額換算は販売計画数量に予定販売単価、生産計画数量に標準原価、調達計画数量に予定仕入単価を掛け合わせるといったシンプルなものです。SCMの発展、改善といったアプローチから入っており、財務数値との精緻な整合を狙ったものではありません。そのため、値引きやリベートなどの要素は計画には織り込まれておりません。しかしながら金額要素を加え、経営層をプロセスに巻き込んだことにより大きな成果を上げています。
またこの事例では需給調整時における判断材料として「売価 - 原価」の粗利情報を加えています(関連記事:利益いろいろ、基本は“海老ただ”? =“EBITDA”って何?)。企業の利益影響と、在庫の売れ残り金額リスクを判断軸に加えたことにより、それまでの「販社の納得性」を重視した調整から「企業の利益」を重視した需給調整を行っていることが大きなポイントです。利益は「実績を締めた後の結果指標」との考えから、日々の業務の中での判断材料として、将来に対して常に意識するものと捉えているのです。
ただ単純に販売計画に売価をかけた金額とすると、“売り上げ予算必達”の号令の下、結局は販売を全て優先し、数量ベースで計画を行っているのと同じ結果になりかねません。この点は金額要素を加えたSCMを実践される際の落とし穴、注意事項といえるでしょう(次回に続く)。
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