そもそも「日本市場に将来性がない」というのも、世界的視点から見ると奇妙なことである。図3を見てほしい。横軸には、各国の実質GDPを「Big Mac指数」と呼ばれる一種の実勢為替レートで平準化した数値を取っている。これは国全体の規模や豊かさを示している。一方の縦軸では、それを人口で割って国民1人当たりにした数値を取っている。これは人々の個人としての豊かさを示す(いずれも2010年度数値)。
これを見れば一目瞭然だが、日本は社会として米国に次いで圧倒的に豊かであることが分かる。グラフは対数軸なので、一目盛で10倍の違いとなる。日本は1人当たりの豊かさでは、中国と文字通り一桁違う豊かさを持っているといえる。
また、個人としては世界一裕福だといえるルクセンブルクを見てほしい。個人としては豊かでも、国としてのGDP規模は非常に小さい。ルクセンブルクの企業家から見れば、日本はため息が出るほど巨大で均質な市場と映るだろう。もともとの母国が規模の小さな国では、スケールメリットを出すのは至難の業となる。これらを考えると世界全体から見た場合、日本は圧倒的に恵まれたビジネス環境であることが分かる。
日本人にとって、海外ビジネスのハードルは高い。長年、海外で仕事をしてきた著者らにとっても、言語の壁、契約の壁、人材の定着率、どれをとっても頭の痛いことばかりだ。国内だけで商売できるなら、こんなにうれしいことはない、というのが正直なところである。それなのに、なぜ日本市場を大切にしないで、海外工場移転に走るのだろうか。どのような戦略のもとで、それを考えているのだろうか。そして、20ある立地基準の、どの基準を競争力の鍵と考えて展開しているのだろうか。
筆者は、海外に工場を計画したいという顧客がいれば、全力でサービスする。それが筆者らの得意とする仕事だからだ。しかしその前に、なぜその国を生産の「適地」だと考えたのか、戦略的な視点から冷静に考えてほしいと願うのである。(連載 終わり)
1982年、東京大学大学院工学系研究科修了。日揮にて国内外の製造業向けに工場計画・設計とプロジェクト・マネジメントに従事。特に計画・スケジューリング技術とプロジェクト評価を専門とする。工学博士、中小企業診断士、PMP。1985〜1986年、米国東西センター客員研究員。東京大学・法政大学講師。スケジューリング学会「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」主査、NPO法人「ものづくりAPS推進機構」理事。
1969年、東京理科大学理学部卒業。日揮にて石油・化学・天然ガスプラントの建設・保全プロジェクトに従事。1988年、独立コンサルタントに転進。1991〜2001年までニューヨークを拠点に北米各地で現地企業を支援。1995年よりAPO・JICA専門家としてアジア・オセアニア諸国の現地企業・政府機関を指導している。
「国内市場の縮小」「生産による差別化要素の減少」「国内コストの高止まり」などから、日本の生産拠点は厳しい環境に置かれている。しかし、日本のモノづくり力はいまだに世界で高く評価されている。一方、生産技術のさらなる進歩は、モノづくりのコストの考え方を変えつつある。安い人権費を求めて流転し続けるのか、それとも国内で世界最高のモノづくりを追求するのか。今メイドインジャパンの逆襲が始まる。「メイドインジャパンの逆襲」コーナーでは、ニッポンのモノづくりの最新情報をお伝えしています。併せてご覧ください。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.