長年生産管理を追求してきた筆者が、海外展開における「工場立地」の基準について解説する本連載。4回目となる今回は、あらためて日本国内での生産の価値とその可能性について解説する。
海外展開における「工場立地」の基準について解説する本連載。前々回の「『工場立地』面から見たアジア各国の特性と課題」、前回の「実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由とは」では、海外の工場立地について取り上げてきた。「立地選定には20の基準(モノサシ)がありそれらを総合的に評価して選ぶべきこと」「中国やアジアと一口に言っても多様であり、利点もリスクもかなり異なること」そして「アメリカは日本企業の工場進出先として非常に適地であること」などをご理解いただけたと思う。
一般のメディアではよく、「東南アジアは人件費が安く進出に最適」「米国からはモノづくりが消えた」そして「いまさら日本国内に工場は不要」といった通念が常識のごとく語られている。しかし、この連載では具体的な数字を基に、アジアや米国についてのこうした“常識”の間違いを検証してきた。そこで最後に「工場進出先としての日本」について、あらためて考えてみたい。
少し前だが、あるメーカーの国内主力工場を訪問した。製造技術的にも、現場管理面でも、よく行き届いた立派な工場である。ただ、この企業がアジアに展開した海外工場では思わぬトラブルで苦戦しており、企業本体の収益を圧迫する事態が発生しているという。同企業の製造工程を見ると、確かに高度な装置であり「新興国では運転も保全も大変だろうな」という感想を持った覚えがある。
ちなみにその会社の製造原価報告書を見ると、それなりの品質の材料を要するため、原材料費が原価の大半を占め、一方で原価に占める人件費の割合は10数%であった。この場合、この企業は何を狙って、アジアの新興国に工場を展開したのだろうか。特に安い原材料が現地で手に入るわけでもない。それとも、全体の数%程度にしかならない人件費削減効果を求めたのか。納入先の大手企業から一緒に進出するよう勧誘されたのか。この企業の主体的な戦略としてはあまりメリットがあるように思えず、どういうプロセスで海外展開を決断したのか、不思議に感じたことがある。
工場の立地は、その企業の特性によって、答えは1つであるとは限らないものだ。その企業が作っているのが「生産財なのか消費財なのか」、形態が「見込み生産なのか受注生産なのか」、「サプライチェーンの上流か下流か」などの要素によって、生産の適地は異なる。それを、企業全体の戦略の中で決めていく作業が、工場立地計画である。だが、数多くの製造業にとって、しばしばこれが熟考されていないように見受けられる。
そもそもなぜ日本では生産の海外展開が過去10年以上にわたって進んできたのか。その最大の要因は、国内需要が長らく低迷していることだろう。この市場縮小傾向の理由を、少子高齢化や人口の伸び悩みで説明する人も多い。しかし、全国区の大企業ならいざ知らず、国のマクロな指標に業績が直結するような企業はほんの一部で、全体数から見てほとんど存在しないのが事実だ。
需要の低迷や売り上げの低下の本質的な要因は、実は安価な輸入品とのコスト競争のためである。そして、この要因から「自社の国内生産のコストが高すぎる」と判断した企業が、自社も海外からの輸入販売という手段を取る。その結果、今まで持っていた国内工場には生産余力が生じて、設備が遊んでしまう。「それなら生産機能も海外に移転してしまおうか」となった流れが、製造業が工場を海外移転するパターンの典型例であるといえる。多くの企業でまことしやかにこのプロセスの是非が語られるが、これは「グローバル戦略」とは到底呼べない代物である。どちらかといえば「外部環境に動かされてやむなくとってきた生き残りの手段」といえるだろう。
もちろん、ポジティブな理由で海外展開をはかった企業もある。それなりに利益を上げ、内部留保を得たため、海外企業を買収して、その生産・販売能力を手に入れたケースもある。ただ、ここで問題となるのが、「海外進出成功率68%」という、連載第1回で紹介した数字である。海外展開は実は3社に1社は失敗しているのだ。「アジアに工場を建てたのはよいが儲かっていない」という状況は一定の比率で発生している。そのリスクを考慮した上で、戦略的に海外進出を行っているか、ということが重要になっているのだ。
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