メカトロ製品を開発するプロセスの特徴は、課題解決方法の多様性にあります。例えば、単純なピック&プレース作業のタクトタイムを上げるには、以下のような方法が考えられます。
当然ですが、これらを実現するだけでもさまざまな課題があります。「動作が速いロボット」を開発するには、単純に「軽いアームにパワーの大きなサーボモーター」を採用すればいいように思いますが、実際にはそう簡単なことではありません。さまざまな制約条件が発生するからです。コストの問題は当然ですが、軽いアームでパワーが大きく最高速度が高まっても実際の作業においては「速くない」可能性があるからです。短距離のロボットの動作では、最高速度より加速度と減速度が重要になります。また、高速で移動してもピタッと精度よく止まるためには振動の抑制が必要です。まだまだありますが、これらの課題だけでも機械側の工夫でできること、制御で補償できること、学習などの情報処理でもできること、などさまざまなアプローチが取れることが理解できると思います。これらの優れた組み合わせが、目的に合ったロボットへとつながっていくのです。
「開閉動作の早いハンド」についても考えてみましょう。例えば、食品のように単価の安いワーク(製品)のピック&プレースの動作には1秒も許されないことが多いですが、ハンドの開閉に通常では0.2秒くらいかかります。この時間を短縮するためにどうするかというのは開発における大きなテーマとなります。ここでも大きなパワーがあれば速く動かせる可能性は高いわけですが、コストや重量が問題になります。また空気圧方式の開閉ハンドであれば、開閉用のソレノイドバルブとハンドの距離が開閉速度に影響します。一方、電動と空気圧の複合による開閉自在のハンドというアイデアもあります。場合によっては放り投げてピタッと位置が決まるような投球動作が有効かもしれません。ロボット側だけではなくシステム構成要素側からも目的に合ったロボットシステム実現のアプローチができるわけです。
ごく簡単な例ですが総合技術力による課題解決の多様性という意味が理解できたと思います。産業用ロボットに必要な総合技術力とは単にさまざまな技術が必要である、ということではなく関連技術間のあらゆる可能性から最適な妥協点を見いだす技術といえます。
話を国際競争力に戻しましょう。ロボット産業において、今の日本はなりふり構わず国際競争で優位に立てばよいという立場ではありません。国際競争力を維持しつつ、各国のロボット産業を指導する「国際指導力」が必要とされています。全世界でも年間たったの16万台しか出荷されていない産業用ロボット市場の拡大を図るためには「世界でどのように可能性を広げていくのか」ということが大事になってきます。
前述した通り、先行技術を学習することにより獲得できる個々の技術で産業用ロボットの70%の性能は実現されてしまいます。ここに国際競争力はありません。このレベルの個々の技術は、標準化などを通じた国際指導力として発揮すればよいのです(関連記事:「まねできる技術は守っても無駄、教えてしまえ」日本ロボット学会小平会長)。
「残りの30%の競争力」に相当するのが、関連技術間のあらゆる可能性から最適な妥協点を見いだす技術です。ただ、この領域に関しても、各国ともいずれは経験を積んで追従してきます。今後、さらに先に行くためには個々の企業単独ではなく、ロボットメーカー、機構などの構成要素メーカー、さらに素材メーカーが、それぞれの保有技術のあらゆる可能性も持ち寄って最適な妥協点を見いだすための協業を図っていく必要があるでしょう。
産業用ロボットは世界中に普及しているように見えて、実はまだ、ごく限られた業種の限られた作業にしか活用されていません。技術的には非常に魅力的な対象で、研究開発者や技術者によるおびただしい数の成果も示されていますが、実際の生産に活用できているのは、ほんの一部に過ぎません。技術的にもコストパフォーマンス的にもまだ製品を洗練化して社会の実ニーズに応えていく必要があります。
今、日本の製造業活性化の期待を背景として、これまで見送ってきた難しい用途のロボット化へのチャレンジが活発化しています。ようやくロボット技術の新たなイノベーションの動き兆しが見え始めてきました。「ロボットによるセル生産」への取り組み、「ロボットのインテリジェント化」のためのビジョンセンサーや力覚センサーの適用開発(図14)、「ロボット構造体への新材料の適用検討」など、多くの領域で新たな開発が進み始めています。必要なのは意外と地道な取り組みです。ただし、産業用ロボットの技術課題は、生産財全般の技術課題にも通じるものです。産業用ロボットの進歩が、多くの産業機械の進歩につながるという期待が高まっているように感じています。
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