汚染水の調査のために、水位計とサンプル採取容器、そして作業用のロボットアームなどを追加搭載した。金属製の階段を地下へと降りて行き、何回か踊り場を曲がって水面近くまで到達する予定だったが、2011年6月24日に初めて投入されたときは、踊り場でうまくターンできずにミッションは失敗した。その前日、5号機で予行演習したときには何の問題もなかったのだが、実際の階段の踊り場は幅が70cmしかなく、事前に得ていた図面の90cmよりも狭かったのが原因だった。Quinceの全長は67cmなので、70cmでは回転は不可能だ。
2回目の投入は2011年7月8日。このときのミッションは地下ではなく、上層階に行って放射線の状態を調べることだった。線量計を搭載して表示画面をカメラでモニターしながら、ダストサンプルにも成功。階段の斜度は40度以上あり、Quinceの性能でもギリギリであったが、3階まで行くことができた。ただ、本来のQuinceの走行性能はもっと高いが、今回は追加装備によって重心が通常よりも上にある。走行性能はその分落ちており、時間がかかってしまったために3階まで行ったところで終了時間になった。
3回目の投入は2011年7月26日だった。このときは、冷却のためのバルブや配管を調べることが目的。2回目と同様に、放射線量を計測しながら進み、2階を調査した後に3階に向かおうとしたが、階段の途中にガレキがあって、それ以上先に進むのを断念した。「Quinceの操縦に慣れたオペレータであれば何とかなったレベル」(田所教授)とのことだが、現地で操縦しているのは東電側の作業員であるため、高度な操縦技術が必要な作業は難しい。
Quinceは今後も、引き続き使用される見込みだ。
田所教授は、国際レスキューシステム研究機構の会長でもあるが、これはあくまで“研究”機構であって、日本レスキュー協会のような“ファースト・レスポンダ(初動対応者)”ではない。ロボット研究者と企業とファースト・レスポンダを連携させることが役割のNPO法人である。
しかし、日本のレスキューロボットは「世界的に見ても技術レベルは高い」(田所教授)といわれながらも、現場への配備は一向に進んでいない。それはなぜか。大きな問題は、ロボットが消防車のような「商品」になっていないからだ。
「ロボットが本当に役に立つためには、研究成果で終わってしまうのではなく、企業が商品化して現場に配備されることが必要」と田所教授。Quinceのように大学が開発しているのでは量産が難しいし、サポート体制にも限界がある。そういった部分は本来大学の役割ではなく、メーカー側にノウハウやリソースがあるものだ。しかし、民間企業である以上、一定の売り上げが期待できる市場でなければ商品化はできない。
これと対称的なのが米国だ。米国には「軍事」という大きな需要が存在するために、メーカーによる商品化が盛んに行われている。PackBotも本来は軍用で、既に数千台が配備されているという実績がある。信頼性の面でいえば、消防で短期間試験配備しただけのQuinceとは比べようもない。
レスキューロボットの商品化のためには、「まずは配備するための組織を作ること」と田所教授は提案する。国の予算によって、一定規模の「需要」を創り出す。それも「何らかの形で継続的な予算が担保されないといけない。政権や官僚が代わったくらいで予算が打ち切りになるようでは困る」(田所教授)のだ。そして、その組織がきちんと計画を立てて、メーカーはその計画に基づいてロボットを開発、配備を進めていく。
日本は「地震大国」でもある。今後、首都直下地震や東海・東南海・南海地震の発生も警戒されており、レスキューロボットを活用する体制の整備は急務だ。
大塚 実(おおつか みのる)
PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)、「宇宙を開く 産業を拓く 日本の宇宙産業Vol.1」「宇宙をつかう くらしが変わる 日本の宇宙産業Vol.2」(日経BPマーケティング)など。宇宙作家クラブに所属。
Twitterアカウントは@ots_min
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