マスク氏は、自動車会社を単なる製造業ではなく、ソフトウェア企業や半導体企業のような「システム設計企業」と捉えている点に最大の特徴がある。
従来の自動車メーカーでは、設計⇒部品⇒工程⇒工場⇒販売というように、各工程が段階的かつ独立して進められることが一般的であった。設計部門、製造部門、生産技術部門がそれぞれ最適化を行うため、全体最適よりも部分最適になりやすい構造である。
一方、テスラでは、設計⇒製造プロセス最適化⇒製品、という一体設計を目指す。
つまり、「車体設計」「金型設計」「鋳造方法」「ロボット配置」「搬送方法」「品質保証」「ソフトウェア制御」「工場設計」までを1つのシステムとして同時に最適化する。
これは半導体製造に近い。半導体では設計と製造プロセスを同時に考える。
つまり、半導体産業で一般的なDFM(Design for Manufacturing、製造容易性を考慮した設計)の考え方に近いのである。半導体では、チップの回路設計と製造プロセスを同時に設計しなければ、高性能かつ低コストなチップを実現できない。同様にテスラでは、「どのようなクルマを作るか」ではなく、「最も効率よく作れるクルマとは何か」を出発点として車両設計を行う。
このため、設計段階から部品点数の削減、一体構造化、工程削減が積極的に取り入れられ、生産性を大幅に向上させている。
マスク氏が繰り返し述べている有名な言葉に「Factory is the product(工場こそ製品である)」というものがある。
これは、自動車産業の従来の価値観を根本から転換する思想である。
一般的な自動車メーカーでは、販売される自動車が商品であり、工場はその製造手段として位置付けられてきた。そのため、工場は「裏方」の存在であり、競争力の源泉は車両性能や品質、デザインにあると考えられてきた。
これに対してテスラは、工場そのものを製品として捉えている。つまり、工場の設計、設備、制御、自動化の技術が企業競争力の中心であり、優れた工場を構築できれば、優れた製品を継続的かつ低コストで生産できるという発想である。
例えば、同じ性能/品質の車両であっても、
という場合、設備投資効率、人件費、エネルギー消費、在庫、キャッシュフローなどの面で大きな差が生じる。長期的には、この生産速度の違いが企業の利益率や市場競争力を左右することになる。
そのため、テスラは工場全体を1つの巨大な製造システムとして設計し、生産速度(スループット)の最大化を最重要課題としている。この思想は、「Tesla Investor Day 2023」で示された「Unboxed Process(アンボックスドプロセス)」にも反映されており、従来の直列型組立方式を見直し、工程を並列化/簡素化することで、生産効率を飛躍的に高めることを目指している。
ギガキャストは、大型アルミダイカスト機(ギガプレス)を用いて車体部品を一体成形する技術として知られている。しかし、その本質は単に「大きなアルミ部品を鋳造する技術」ではない。
本質は、製造システム全体を再設計することにある。
従来の車体後部は、数十点〜百点以上の鋼板部品をプレス加工し、それらをスポット溶接、接着、ボルト締結などによって組み立てていた。この方式では、多数のプレス金型、溶接ロボット、搬送設備、治具、検査工程などが必要となり、設備投資(CAPEX)や工程数が増大する。
一方、ギガキャストでは、これら多数の部品を一つの大型鋳造部品に置き換えることで、以下の6つの事項を同時に実現している。
つまり、ギガキャストとは鋳造技術の革新ではなく、「部品、工程、設備、工場」を一体として再設計する生産システム革新なのである。
表4に、従来の自動車メーカーとテスラ(マスク氏)の思想の比較を示す。
| 項目 | 従来自動車メーカーの思想 | テスラ(マスク氏)の思想 |
|---|---|---|
| 設計 | 部品を組み合わせる | 部品をなくす |
| 車体構造 | 多数部品による組立構造 | 一体構造(ギガキャスト) |
| 生産設備 | 多数の専用設備 | 大型統合設備 |
| 改善対象 | 工程改善/効率化 | 工程そのものの削除 |
| 工場の考え方 | 設備の集合体 | 巨大な製造装置 |
| 競争力 | 品質、コスト、信頼性 | 生産速度、設備効率、スループット |
| 開発手法 | 製品中心設計 | 製品・工程・工場の同時最適化 |
| 表4 従来自動車メーカーとテスラ(マスク氏)の思想の比較 | ||
マスク氏が、ギガキャスト、設備投資(CAPEX)の削減、生産速度(MBHの考え方や時間当たりの製造能力の向上)を重視する背景には、「自動車製造を100年間続いた加工/組立産業から、統合型デジタル製造産業へ転換する」という明確なビジョンがある。
つまり、従来の製造業では「より速く加工する」「より効率良く組み立てる」といった工程改善が中心であった。これに対して、マスク氏の発想は、「なぜその工程が存在するのか」を問い直し、不要と判断した工程は大胆に廃止するという発想を採る。
この考え方は、トヨタ生産方式(TPS)の「ムダ取り」と共通する部分を持つ。TPSも付加価値を生まない工程の排除を重視するが、基本的には既存工程を前提に改善を積み重ねる「カイゼン」が中心である。
一方、テスラは工程そのものをゼロベースで見直し、製品設計、工程設計、工場設計を同時に再構築することで、工程自体を消滅させることを目指している。この点に、テスラ独自の生産技術上の革新性がある。
さらに一歩進めて、「工程改善ではなく、工程設計そのものを変える」という点に、テスラの生産技術上の独自性があるように思われる。
この思想は、ギガキャストやアンボックスドプロセスに象徴されるように「部品を減らし、工程を減らし、設備を減らし、それによって生産速度と資本効率を最大化する」という一貫した設計哲学として具現化されており、今後の自動車製造だけでなく、広く製造業全体に影響を与える可能性を有している。(次回の後編に続く)
武藤 一夫(むとう かずお) 武藤技術研究所 代表取締役社長 博士(工学)
1982年以来、職業能力開発総合大学校(旧訓練大学校)で約29年、静岡理工科大学に4年、豊橋技術科学大学に2年、八戸工業大学に8年、合計43年間大学教員を務める。2018年に株式会社武藤技術研究所を起業し、同社の代表取締役社長に就任。自動車技術会フェロー。
トヨタ自動車をはじめ多くの企業での招待講演や、日刊工業新聞社主催セミナー講演などに登壇。マツダ系のティア1サプライヤーをはじめ多くの企業でのコンサルなどにも従事。AE(アコースティック・エミッション)センシングとそのセンサー開発などにも携わる。著書は機械加工、計測、メカトロ、金型設計、加工、CAD/CAE/CAM/CAT/Network、デジタルマニュファクチャリング、辞書など32冊にわたる。学術論文58件、専門雑誌への記事掲載200件以上。技能審議会委員、検定委員、自動車技術会編集委員などを歴任。
テスラにおけるギガキャストの基本的な考え方と方向性【前編】
ギガキャストを発案したテスラの現在・過去・未来
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ギガキャストの超巨大ダイカスト成形機「ギガプレス」はどうやって作られたのかCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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