燃料電池の単セルを多数積層したものがスタックだと既に説明しました(連載第1回)。発電時には各セルのアノード/カソードにそれぞれ水素/酸素が均等に流れ続ける必要があります。ここで、例えば特定のセルだけに水素が流れなくなった時に何が起こるでしょうか?
図9は、連載第1回の図3と基本的に同じで、セルが3枚積層されたスタックの運転時の様子を表しています。各セルにガスが均等に流れている時は、各セル内では電解質膜を通じてアノードからカソードへのプロトン輸送が継続します。また、電子の移動は、セル1のアノードから外部回路を通ってセル3のカソードへ移動し、スタック内はセル3のアノードからセル1のカソードへ向かって移動しています。
スタック全体で発電が継続している途中で、セル3のアノードで燃料不足、つまり水素の供給が途切れた時を考えてみます。スタックは直列に接続されているため、スタック全体で回路を形成しようとして、セル3のアノードではプロトンと電子を供給するための反応を起こそうとします。結果的に、上記の(11)/(12)式の反応が起こります。
水素不足が起こっている状態を模擬した条件で単セル発電試験を行うと、セル電圧がマイナスの値となってしまいます[参考資料4]。セル電圧は通常、
(13) カソード電位−アノード電位=セル電圧
で表され、図5から分かるように正の値となります。水素不足状態ではアノード電位がカソード電位よりも高くなってしまう現象(転極)が起こったため、(13)式から計算されるセル電圧が負の値となってしまいます。
転極状態の初期には(12)式の反応が主に進行し(Ptが水電解触媒として働く)、時間の経過とともにセル電圧が徐々に負側に大きくなり(アノード電位がより高くなる)、(11)式の反応でカーボンの腐食が進み、触媒が劣化してしまいます。
実際のスタックで燃料不足のセルが1枚でも生じて、これが長時間継続すると、アノード触媒が劣化してそのセルは大きなダメージを受けます。水素不足が解消されても、そのセルだけ発電ができなくなる状態まで劣化していると、スタック全体が運転不能になってしまいます。
たった1枚のセルの劣化でスタック全体が運転不能にならないよう、各セルに均等に水素が流れるようなセル/スタック構造の設計や、運転条件の最適化などが重要となります。
また、アノードを加湿する場合、セパレーター流路内で水が凝縮して水素の流れを阻害してしまうと、その先の流路部分が燃料不足になってしまいます。アノード流路内で凝縮水が滞留しないような工夫も必要となります。
短時間の燃料不足に対応するために、アノード触媒を工夫することで、(12)式が継続して起こるような材料も検討されてきています。これについては今後説明する予定です。
今回は、電極触媒がどのような状況で劣化するのかについて、Pt/C触媒を構成するPt粒子とカーボン担体の劣化現象を説明しました。セルの電位変動や起動/停止が繰り返されることで触媒の劣化が進行していく様子が理解できたと思います。
全く劣化しない触媒はおそらく存在しないだろうと思いますが、耐久性を向上させることは活性を上げることと同様に重要な課題です。触媒の耐久性を向上させる取り組みは今も世界中で行われています。今後の連載で、どんな触媒が開発されてきているのかの一端を紹介していきます。
敬愛(けいあい)技術士事務所 所長・技術士(化学部門) 森田敬愛(もりたたかなり)
1991年4月〜1993年6月、ほくさん(現エア・ウォーター)。1993年7月〜2005年3月、ジョンソン・マッセイ・ジャパンにて燃料電池用電極触媒の研究開発に従事。2005年6月〜2014年3月、田中貴金属工業にて燃料電池用電極触媒や電解用電極の開発などに従事。2014年4月に個人事務所「敬愛(けいあい)技術士事務所」を設立し、現在まで水素・燃料電池分野の技術コンサルティングに従事。
[1]ユニケミーwebサイト
[2]久英之、導電性カーボンブラックの現状、日本印刷学会誌、第44巻、第3号、2007
[3]Carl A. Reise et al., A Reverse-Current Decay Mechanism for Fuel Cells, Electrochemical and Solid-State Lett., 8, A273-A276, 2005
[4]伊藤仁、内村允宣、大間敦史、固体高分子形燃料電池における触媒層劣化現象とその電気化学的評価法、炭素、266、21-30、2015
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