本連載では、水素を燃料として発電する「燃料電池」について、基本事項から技術開発動向までを、技術系の方でなくても理解できるように解説していきます。第4回では、前回解説した電極触媒の基本事項から発展して、電極触媒の活性向上をどのように図ってきたのか、特に「比活性」という指標に着目して説明していきます。
本連載で主に解説している「固体高分子形燃料電池」の本格的な開発が始まる前は、電解質に「りん酸」を使用する「りん酸形燃料電池(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cell)」の開発が1960年代から本格的に始まりました。幾つかある燃料電池の中でいち早く本格的な開発が始まったことで、当初は第1世代型燃料電池と呼ばれていました。
ここでは詳細な説明は割愛しますが、燃料電池の中でも比較的高温で作動するタイプ(溶融炭酸塩形燃料電池〈MCFC〉、固体酸化物形燃料電池〈SOFC〉)に対して、りん酸形燃料電池は180℃程度の比較的低温度領域で作動します。PAFCでは、80℃程度で作動する固体高分子形燃料電池(PEFC)と同様に、反応を効率よく進めることができる白金(Pt)系触媒が使われています。
PAFC用に開発されたPt系触媒の基本的な考え方は、その後PEFC用触媒にも受け継がれました。従って、触媒活性の向上を図るための基本的な考え方は、前回の記事で解説した通り、触媒のPt比表面積を大きくすることと比活性を大きくすることです。この2つの相乗効果で、最終的に質量活性が向上します。
以上の背景を踏まえて今回は、PAFC用の電極触媒の開発における比活性向上の取り組みから説明していきます。PAFC用のカソード触媒(酸素還元触媒)の活性向上を図るため、古くから世界中で行われてきた最も中心的な手法が、Ptと他の元素を組み合わせて「合金」にするというものです。
図1は、各種Pt合金触媒について、100%りん酸(200℃)中で測定した酸素還元反応の比活性をプロットしています。図の横軸には、これらの合金触媒粒子内において最近接しているPt原子間の距離をプロットしています。Pt-Ag系を除き、Pt合金触媒の活性はPt単独触媒よりも高いことが分かります。
図1 りん酸中におけるPt合金触媒の酸素還元比活性[クリックで拡大] 出所:V.Jalan and E.J. Taylor, Importance of Interatomic Spacing in Catalytic Reduction of Oxygen in Phosphoric Acid, J. Electrochem. Soc., 130, 2299, 1983詳細は省きますが、Pt合金触媒をX線回折法(XRD:X-ray Diffraction)にて測定すると、結晶構造を形成する最小単位(『単位格子』という)に関する各種数値が得られます。そのデータから、最近接に位置しているPt原子間の距離を計算したものが図1の横軸の数値となります。
Ptのみで形成されたPt粒子の結晶の単位格子は、ある特定の大きさになります。ここに別の元素、特に原子の大きさがPtよりも小さな元素が元のPt単位格子の中に入り込んで合金を形成すると、単位格子の大きさが小さくなり、結果としてPt同士の距離が短くなるとイメージすると分かりやすいでしょう。
図1は、最近接のPt原子間距離と酸素還元比活性の間には直線関係があることを示しています。この図の出典元の論文の著者らは、触媒の原子間距離と酸素還元反応の活性化エネルギーの相関を調べた先行研究を参考にしています。著者らは、Pt原子間距離が変化するPt合金触媒において、酸素還元反応に対するPt原子間距離の影響が明らかになると考えて実験を行っています。
図1の結果は当時の触媒開発に大きな示唆を与えたと思われます。当時はまだ計算科学技術が発展途上にあり、触媒表面と酸素分子間の電子的な相互作用などについては十分な検討は進んでいませんでした。この後に解説することになりますが、次のような現象が起きて酸素還元活性が変化したと考えられます。
Pt原子間距離が変化することで触媒表面の電子状態が変化
↓
酸素吸着の状態が変化
↓
Ptと酸素の間の電子的な相互作用が変化
↓
酸素還元活性が変化
1990年代まではまだPAFCの開発が活発で、特に触媒開発に関しては触媒メーカーにおいてもさまざまな触媒が開発されていました。Ptと他1元素からなる2元系合金に加え、添加する元素種を増やした3元系/4元系など、多種多様な触媒が試されていました。当時の各メーカーからの出願特許を見ると、さまざまな合金触媒が開発されてきたことが分かります[参考資料1(記事末)]。
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