中東危機下で、化学大手はなぜ大幅増益だったのか:ごりおの化学素材業界最前線レポート(4)(1/3 ページ)

化学メーカーに勤務しつつ、化学や素材の業界における動向を中心に、化学メーカーの事業戦略、石油化学、半導体材料などについてSNSで情報発信しているごりお氏の連載。第4回は、中東危機下で、化学大手はなぜ大幅増益だったのかについて解説します。

» 2026年09月28日 06時30分 公開
[ごりお,MONOist]

 2026年2月末にホルムズ海峡が事実上封鎖されてから、半年近く。6月にはいったん戦闘終結の覚書が結ばれたものの、7月には商船への攻撃が再発し、60日とされた和平交渉の期限も、決着のないまま過ぎました。米エネルギー情報局の推計によると、ホルムズ海峡を通る原油や石油製品は依然として制限されたままで、中東からの原料調達も、原油の相場も、先の見通せない状態が続いています。

 日本の化学産業は、その影響を多方面から受けてきました。多くの化学製品の出発点となる原料ナフサの国産価格は、2026年4〜6月に11万8900円/kLと前年同期の約1.8倍になり、四半期の基準価格として金額/上げ幅とも過去最高です。

 ナフサを分解して基礎化学品を作るエチレン設備の稼働率は、6月に66.5%と、統計を取り始めた1996年以来の最低を更新しました。原料は高く、生産量も落ちている。化学メーカーで働く人にとって、苦しい四半期でした。

 ところが、決算を見てみると、意外な結果が分かります。

 7月末から8月上旬にかけて出そろった2026年4〜6月期決算で、化学大手はそろって大幅な増益になりました。三菱ケミカルグループのコア営業利益は1141億円と、前年同期の2倍。住友化学は623億円で約2.3倍、三菱ガス化学の営業利益は278億円で約2.5倍です。三井化学は501億円で9割増、旭化成は813億円と、第1四半期として過去最高の営業利益でした。

図1 大手化学メーカーの営業利益項目(三菱ケミカルグループ、住友化学、三井化学はコア営業利益) 図1 大手化学メーカーの営業利益項目(三菱ケミカルグループ、住友化学、三井化学はコア営業利益)[クリックで拡大] 出所:各社決算短信を基に作成

 中東情勢が直撃した四半期に、なぜ利益が倍増するのでしょうか。今回は、中東情勢がどのように業績に寄与したのかを、3つのポイントから解説します。

中東に拠点をもつ化学メーカー

 中東危機が与えた影響として、1つ目に挙げられるのが、中東の生産拠点です。豊富な原料と安価なエネルギーを求め、中東に進出してきた日本企業は少なくありません。

 日本の化学各社の開示を見る限り、戦闘で工場が破壊されたという報告は出ていません(2026年8月時点)。ただ、問題となっているのが、物流です。工場そのものは無事でも、原料や製品の流通が海峡で断たれ、平時通りの操業を保つことが難しくなっています。

 その代表例が三菱ガス化学です。主力製品の1つであるメタノールは、天然ガスから作られる基礎化学品で、接着剤や塗料の原料になり、最近では船の燃料にも使われます。三菱ガス化学は、天然ガスが豊富なサウジアラビアに合弁工場を設け、現地で作ったメタノールを世界へ販売する事業を築いてきました。そのサウジアラビアの工場を、中東情勢が直撃しました。

 三菱ガス化学は、サウジアラビア東部のジュベイルに拠点を持っています。ジュベイルはペルシャ湾岸、つまりホルムズ海峡の内側に位置しており、メタノールを海上輸送するにはホルムズ海峡を通る必要があります。

図2 ジュベイル 図2 ジュベイル[クリックで拡大] 出所:Wikimedia Commons

 危機後は海峡を通れないため、船を出せず、製品の輸出が難しくなりました。三菱ガス化学は行き先をサウジ国内向けに絞り、低い稼働率で操業を続けています。

 この稼働低下は、決算には「持分法利益」の減少として表れました。持分法利益とは、合弁会社のような出資先の利益を、出資比率に応じて自社の決算に取り込むものです。海外の合弁工場で稼ぐ三菱ガス化学のメタノール事業にとって、持分法利益は事業の柱ですが、4〜6月期は前年同期の23億円から5億円へ、8割減っています。

 同様に三菱ケミカルグループは、主力製品の1つであるMMA(メタクリル酸メチル)の生産拠点をサウジアラビアに持ちます。4〜6月期は中東情勢の影響を受け、サウジのMMAプラントを4月以降停止。さらに東南アジアの一部拠点でも原料不足による生産減少が生じ、MMA&デリバティブズでは数量差が51億円の減益要因となりました。

図3 三菱ケミカルグループのMMA&デリバティブズ増減分析 図3 三菱ケミカルグループのMMA&デリバティブズ増減分析[クリックで拡大] 出所:三菱ケミカルグループ、「2027年3月期 第1四半期決算説明資料」 p.8

 このように化学メーカーの中東拠点については、操業が大きく制限されているといえます。

 一方で、同じサウジアラビアの拠点でも、状況は一様ではありません。例えば、住友化学の中東拠点が挙げられます。国営石油会社サウジ・アラムコとともに運営するペトロ・ラービグは、製油所と石油化学プラントが一体になった巨大拠点で、住友化学が15%を出資する持分法適用会社です。このペトロ・ラービグでは、4〜6月期に大きな操業停止は発生していないとしています。

 なぜ他社と異なり、操業を継続しているのでしょうか。考えられるポイントが立地です。ラービグの拠点があるのはペルシャ湾岸ではなく、紅海の沿岸です。ホルムズ海峡を通らずに外洋へ出られる、この立地の違いもあり、今回の中東情勢下でも比較的安定した操業を維持することができたと考えられます。

 ただし、7月以降は紅海でも船舶への攻撃リスクが高まっており、物流を巡る不透明感は増しています。

 かつては豊富な原料と安価なエネルギーが中東進出の大きな魅力でしたが、今回の混乱は、その競争力と引き換えに抱える地政学リスクを改めて浮き彫りにしました。

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