Pt粒子の粗大化がどのような条件下で起こるのかを見ていきます。図3には、Pt担持量を変えた各種Pt/C触媒について、電位変化を繰り返した時のECSA(電気化学的Pt表面積。前回記事参照)の変化を示しています。
図3左は、同一のカーボン担体で異なるPt担持率のPt/C触媒について、電位変動を繰り返した時のECSAの変化です。この実験では、小さな電極サンプルを作製して、硫酸溶液で満たされた電気化学測定セルにセットした状態での測定です。測定セル中に設置した水素基準電極に対して、試験電極に印加する電位を0Vと1.2Vの間で変動させるサイクルを繰り返しています。
いずれの担持量のPt/C触媒も、ECSA値は徐々に減少していることが分かります。10%Pt/Cの初期ECSAは約160m2/g-Ptと非常に大きいのですが、電位変動サイクル200回でECSAが100m2/g-Pt以下へと急激に減少しています。
一方、60%Pt/Cの初期ECSA値は約50m2/g-Ptですが、電位サイクルを繰り返してもECSAの低下する速度は緩やかです。図3右は、それぞれの初期ECSAを100として、ECSAの値を規格化してプロットしたグラフです。Pt担持率が小さいほどECSAの減少率は大きいことが分かります。
図3右のグラフの様に、初期のECSA値を示さずに減少率だけをプロットして比較するグラフを目にすることがあります。ECSAの初期値、つまり初期の粒子サイズが異なる触媒を、単純にECSAの減少率から耐久性の優劣を議論するのは不公平です。一般的に、小さな粒子は不安定なため大きな粒子になりやすく、大きな粒子がさらに大粒子化するには時間がかかる傾向にあるからです。
ちなみに、500サイクル後のECSAの実測値を10%Pt/Cと60%Pt/Cで比べると、前者が約70m2/g-Pt、後者が約35m2/g-Ptです。従って、ECSAの減少速度が大きい前者の実測値がまだ2倍あることが分かります。最終的にはそれぞれの酸素還元活性を比較し、ECSAの減少が質量活性にどれだけ影響しているのかを調べることが必要です。
電位変動を繰り返すとPtのECSAが徐々に減少していくことが分かりました。実際に酸素還元活性の測定をすることで、触媒の性能がどれほど劣化したのかを判断することになりますが、ECSAが減少するということは最終的に質量活性が低下するだろうと事前に推測できます。
それではなぜ電位変動の繰り返しがECSAの減少を引き起こすのでしょうか。ここでは、前回の記事で説明した、Pt電極のサイクリックボルタンメトリーで得られる曲線をもう一度見てみることにします。
図4で0.6V以上から電位を上げていくと、赤色で示したような酸化電流ピークが見られます。酸素発生が起こる手前で低電位側へ向かって電位を下げていくと、今度は青色で示したような還元電流ピークが観測されます。
図4の赤色部分は、Ptの表面が電解液中の水との反応でPt酸化物が生成することに対応しています。逆に青色部は、生成したPt酸化物が還元されてPt金属に戻ることに対応しています。前出の図3で行った実験では、Pt/C触媒のPt粒子表面において、Pt酸化物の生成とその還元反応が繰り返されていることになります。
この酸化/還元が繰り返されている間に、Pt粒子がどのような挙動を示すのかについては、これまでに多くの研究が行われてきています。電位変動が繰り返されるとPtが溶解することも実験的に確認されています。結果として図2(2)に示したように、電位サイクル中に小さなPt粒子が電解質中に溶解し、大きなPt粒子に再析出して粒子が粗大化するという機構が主に進行していると考えられています。
電位サイクル中のPt表面の酸化/還元と溶解反応についてもいろいろと研究されてきています。十分に解明できているわけではありませんが、考えられている反応をいくつか下に挙げてみます。
(1) Pt+H2O → PtO+2H++2e-
(2) PtO+H2O → PtO2+2H++2e-
(1)式と(2)式を見て分かる通り、PtOやPtO2のような酸化物が生成しています。この時に放出される電子(電流)を電位変化に対して測定したものが図4の赤色部に相当します。
上記の式の反応が逆に進むと還元反応となります。このときの電流変化を測定すると図4の青色部が得られます。ただし、次のような還元反応が起こることでPtが溶解することも考えられています。
(3) PtO2+4H++2e- → Pt2++2H2O
上記(1)/(2)式の他、電位変動条件によっては、次のような酸化反応でPtが直接溶解することも考えられます。
(4) Pt → Pt2++2e-
溶解したPtがセル外に排出されずに電解質(イオノマー)中にとどまり、電位変動中に(5)式が起こると、Ptが再析出します。
(5) Pt2++2e- → Pt
溶解した小さな粒子がカーボン上に再析出する場合もありますが、多くの場合は大きなPt粒子上に再析出(上記のオストワルド熟成)すると考えられています[図2(2)]。
Ptの溶解/再析出は、電解質膜中のカソードに近い場所で起こる現象も確認されています。膜中に帯状に析出している様子から、「Ptバンド」と呼ばれることがあります。これはアノードから膜をクロスオーバーした水素が、膜中に溶解したPtを還元することで析出すると考えられています。
電気化学反応以外の要因も考える必要があります。PEFCのセル内は水素イオンが多量存在するため酸性環境になっています。すると次のような酸溶解反応が起こり得ます。
(6) PtO+2H+ → Pt2++H2O
ここで溶解したPtも、(5)式のように最終的にPtの再析出に至ることが考えられます。
少し話が複雑になってきました。触媒の種類や発電条件などでPtの溶解/再析出の挙動は変わってくると思われます。どのような反応機構であっても、電位変動の繰り返しがPtのECSAの減少に関わっていることは明らかです。この現象を完全に止めることは現状ではできていません。ただし、少しでも耐久性を上げるための試みは今も続いています。これについては今後の連載の中で取り上げたいと思います。
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