窒素循環技術は排ガスだけでなく、工業廃水への応用も期待されています。図3は、工業廃水からアンモニアを回収する際の所要エネルギーについて、従来技術であるアンモニアストリッピング法と、新たに開発した窒素循環技術(MSNプロセス)を比較した結果です。ストリッピング法はpH調整や加熱を必要とするため、薬剤費およびエネルギー消費が大きいという課題がありました。
これに対し、MSNプロセスでは投入エネルギーを大幅に削減できることが示されました。また、プロセス内のどの工程でエネルギー消費が大きいかを可視化することで、さらなる省エネルギー化に向けた技術改良点を明確にできます。こうした情報は、要素技術開発側へのフィードバックとしても極めて有用です。
新技術を社会に導入する際には、その技術が環境全体に及ぼす影響を定量的に示すことが求められます。図4に、廃棄窒素対策ではなく、現在進められている温室効果ガス対策が導入された場合の検討結果を示します。左図はNOx排出量の検討結果です。どのようなシナリオでも、2050年は2015年比で自動車からの発生は低減されますが、固定発生源、船舶からの発生は大きく削減されないことが分かりました。
これは、自動車は電気自動車への転換が進み、NOx発生も大きく低減するが、他の発生源には廃棄窒素対策を別途行わないと大きな削減は見込めないことを示しています。また、右図はアンモニアの排出ですが、こちらはほぼ温室効果ガス対策では減らないことが分かります。NOxは化石燃料などの燃焼時に発生することが多く、化石燃料の利用低減により一定程度の削減が見込まれます。
一方、NH3は主として農業由来の家畜糞尿や肥料由来の発生であり、温室効果ガス削減対策との関連がほとんどないことがその大きな理由です。このように、現在進んでいる温室効果ガス対策の実施により廃棄窒素対策も兼ねる分野と、そうでない分野があります。こういった分析をすることにより、どこの分野に新技術を導入することが大きな効果を生み出し得るかを知ることができるのです。
また、廃棄窒素の放出及びその削減が、実際の私たちの生活にどのような影響があるか、について検討する手法も開発しています[参考文献2〜3]。例えば、NOx排出は対流圏オゾン濃度、PM2.5(微粒子状物質)濃度に影響があります。対流圏オゾン、PM2.5は、呼吸器、循環器などへの影響が指摘されており、減ることが望ましいです。
図5は、現在の温室効果ガス対策を行った場合、対流圏オゾン濃度、PM2.5濃度がどのように変化するかを評価した結果です。オゾン濃度は低減し、PM2.5濃度は上昇する方向であることが分かりました。PM2.5濃度も減らすには、例えば農業・畜産から排出されるNH3濃度低減が望まれます。こちらも、どのような領域に新たな窒素循環技術の導入が望ましいかを知る一助となるでしょう。今後、新開発の窒素循環技術の導入効果検証も進めていくことで、技術代替の効果をより正確に明らかにしていきます。
図5 現在のシナリオによる、実際の環境破壊に対する影響評価。対流圏オゾン濃度(上図)とPM2.5濃度(下図)の2050年予測([参考文献2]より引用)[クリックで拡大] 出所:新エネルギー・産業技術総合開発機構本稿で紹介したように、窒素循環技術を社会実装するためには、要素技術の高度化だけでなく、それらを適切につなぐシステム設計と、導入効果を示す環境影響評価が不可欠です。今後、窒素を「除去/無害化する対象」から「循環させる資源」へと転換する取り組みが広がることで、環境負荷低減と持続可能な資源利用の両立が実現していくと期待されます。
産業技術総合研究所 首席研究員/ナノブルー 取締役 川本徹(かわもと とおる)
産業技術総合研究所(産総研)にて、プルシアンブルー型錯体を利用した調光ガラス開発、放射性セシウム除染技術開発などを推進。近年はアンモニア・アンモニウムイオン吸着材を活用した窒素循環技術の開発に注力。2019年にナノブルー設立にかかわる。取締役に就任し、産総研で開発した吸着材を販売中。ムーンショット型研究開発事業プロジェクトマネージャー。博士(理学)。
[1]川本徹,「有害な廃棄物を資源に変える窒素循環技術(8)―排ガス中の窒素酸化物は除去/無害化から資源化へ」,MONOist,2024年
[3] Impact of introducing net-zero carbon strategies on tropospheric ozone(O3) and fine particulate matter (PM2.5) concentrations in Japanese region in 2050, Hiroo Hata, Kazuya Inoue, Hiroshi Yoshikado, Yutaka Genchi, and Kiyotaka Tsunemi, Science of The Total Environment, 891, 2023, 164442.
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