ここでは、実際に紙やExcel管理から脱却し、デジタルツールへの移行を進めた事例をもとに、移行を実現するための具体的なステップをご紹介します。以下は、現場での成功事例や実践的なアプローチを整理したものです。
まず、現状の業務プロセスを具体的に書き出します。業務プロセスを詳細に把握し、どの部分で紙やExcelに依存しているのかを明らかにします。これにより、改善のポイントや移行の対象を具体的に特定します。
一度に全てを構造整理するのはプロでも難しいので、まずは日々の業務や日報などの基礎フォーマットに基づいて繰り返し作業を1カ所に書き出し、徐々に粒度をそろえていくことも効果的です。
すでに膨大なExcelファイルが散在している場合は、クラウドツールや自社IT環境の構築を検討します。
クラウドツールは独自のIT環境構築よりも自由度が下がる一方で、複数の企業で培われたベストプラクティスの集積ノウハウを素早く活用できる点がメリットです。特に保全業務を兼務しているような方は、時間を買う意味でもクラウド環境の活用は一考の余地があります。
ちなみに、一度クラウドツールを決めてしまうと置き換えるときにも負担が増えてしまうので、以降のステップも考慮しながら選定しておくことが大切です。
移行にあたっては、経営陣や上位管理職が指針を示し、全社的なプロジェクトであることを明示することが重要です。
このときに「優先すること」と「やらないこと」を決めるのが、プロジェクト全体の成否を左右します。例えば、経営は集約されたデータからより素早い経営判断を行いたくなりますが、現場はそのためのデータ入力の負担が増す傾向にあります。現場に寄り添った実践支援体制の整備により、プロジェクト全体の推進力を高めます。
いきなり全社的にシステムを変更するのではなく、まずは一部の製造設備や業務プロセスでデジタルツールの導入を試験的に行います。これにより、効果測定や現場からのフィードバックを得ながら、移行リスクを最小限に抑えることが可能です。
このパイロット導入におけるポイントは、小規模だが重要なプロセスから着手することです。重要度の低いプロジェクトでは、せっかく使った時間の投資効果が上がりません。モノづくりにおける試作と同じく、本当に見極めたい箇所に絞って試作とカイゼンを繰り返していくことになります。
デジタルツールの操作方法やメリットを現場の担当者に理解してもらうため、研修プログラムや説明会を開催します。
現場での疑問や不安を解消し、移行後の業務効率化が実感できる具体例を示すことで、抵抗感の低減を図ります。移行に伴う関係者がたくさんいらっしゃる場合は、全体の活用平均値を上げていくように意識すると効果的です。
具体的には、新しいツールを活用してもしなくても良い、という多数の中立派にフォーカスして、新しい環境の方がよりラクに仕事ができる点を理解してもらうようにします。
特に、点検作業の手順が減らせる、修理依頼の手続きが速くラクになる、修理記録の検索が簡単で確実になる、といった、現場の作業を速くラクにしていくことを優先しながら展開していきます。
システム導入後は定期的に効果を測定し、現場での課題を把握しながら、システムの改善や業務プロセスの再設計を継続的に実施します。
投資効果をポジティブに捉えている企業の特徴の1つとして、「時間的効果」があげられます。日々の作業時間の短縮だけでなく、全体に影響する突発停止時間の圧縮、修理/交換部品の平均時間の短縮などをBefore/Afterで測定でき、これに時間単価を掛け合わせると投資効果を定量的に表すことができます。
裏を返せば、日々の記録に「時間」の概念が組み込まれている環境を構築することが、DX成功の重要なカギの1つとなります。
製造業におけるDX推進は依然として難航している、と言えます。その要因として、紙やExcelに依存する現状業務の抜本的な変革に対する心理的/物理的/構造的な障壁があります。
企業規模を問わず、デジタル化の必要性は感じているものの、膨大な過去データの整理、構造設計、導入コスト、時間不足といった具体的課題に阻まれ、実際の導入に踏み切れない現実が浮き彫りになっています。
こうした状況を打破するには、単に「紙やExcelからの脱却/ペーパーレス」を掲げるだけでなく、業務プロセスの徹底的な棚卸しと見直し、トップダウンでの明確な推進体制の構築、重要な領域でのスモールスタートによる段階的移行、現場への丁寧な教育と支援、さらに導入後の継続的な効果測定と改善活動が欠かせません。
特に重要なのは、デジタル化によって生まれる「時間的効果」を明確に可視化し、現場従業員が業務効率の向上を実感できる仕組みをつくることです。
また、DXを技術伝承の直接的解決策として期待するのではなく、現場作業者が日常業務から技術伝承に充てる貴重な時間を捻出するための「手段」と位置付ける視点も効果的です。
企業は、まず身近な業務から「標準化」と「構造化」を意識したデジタル化を行い、記録された情報が後から容易に引き出せる環境を整備することが求められます。これにより、DX推進は具体的な成果を生み出す現実的なステップとして捉えられ、企業の生産性向上、技術の継承、ひいては持続的な競争力の強化につながります。
次回は、さらに具体的な対策を考察していくために、設備保全の基礎と、経営/現場の課題感の差を整理します。
八千代ソリューションズ
COO(Chief Operating Officer 最高執行責任者)
山口修平
クラウド設備管理システムMENTENAの事業責任者。
大手建設コンサルティング会社にて、国土交通省が管理する社会インフラ事業のシステムエンジニアとして、河川など国土基盤のメンテナンスを支援するシステムのコンサルティングに従事。2019年に新規事業創出の部門にて、「MENTENA」の立ち上げに参画。2024年に事業承継により八千代ソリューションズを設立、人材不足・技術伝承・設備の老朽化などの社会課題に対してサービスを展開中。
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