これまで、ブランケットにおけるトリチウムの生産/増殖と分離についてお話ししてきましたが、もう1つ重要な分離技術があります。それは、プラズマ中で核融合反応によって生成されたヘリウムを水素から分離する技術です。
ヘリウム原子核は電荷を持つため磁場に閉じ込められます。しかし、プラズマ内にヘリウムが蓄積すると、水素の密度が減少し、それに伴って核融合出力も低下してしまいます。
そこで、図5に示すように、プラズマの外周をダイバータ室に導き、ターゲット板にぶつけることで温度を下げ、気体に戻す仕組みが考案されました。この仕組みは、真空容器からの不純物を取り除く方法として、過去の記事でも紹介しています。
気体になった燃料である重水素(D)とトリチウム(T)は、ヘリウム(He)とともにポンプで排気されます。欧州のDEMO炉では、このポンプに特別な金属箔ポンプ(Metal Foil Pump、MFP)を使用することが検討されています[参考文献9]。図6は、金属箔ポンプの概念図です。
この金属箔ポンプはダイバータからの排ガスをマイクロ波でプラズマ化し、水素分子を解離させます。すると、エネルギーを持った原子状水素が飛び出し、水素のみが選択的に金属箔(厚さ約0.1mmのニオブまたはバナジウム)を透過します。原子状水素の透過確率はほぼ1で、この現象は「superpermeation(超透過)」と呼ばれています。金属箔を透過した原子状水素は、再結合して水素分子に戻ります。
図5にも示したように、このポンプで排ガスの80%はヘリウムが除去されて、燃料として直接再利用されます。残りの20%は、別の処理システムでヘリウムが除去され、さらにDとTの組成を50:50に調整したのち、燃料供給システムに送られます。
これまでさまざまな分離技術を紹介してきましたが、これらは全て、核融合発電所のトリチウムインベントリ(保有量)を最小化することを前提に開発されてきました[参考文献10]。
最初に建設されるDEMO炉には、運転を開始するためのトリチウムがありません(2号機以降は、初号機で増殖されたトリチウムを使用できます)。そのため、原子炉などで生産された高価なトリチウムを購入する必要があり、その価格が過度に高い場合、建設計画に影響を与えます。従って、起動時のインベントリは運転時のインベントリとほぼ等しいため、経済的な観点からも削減が求められます。
トリチウムインベントリを削減しなければならないもう1つの理由は、安全性の確保です。核融合発電所は、最悪の事故が発生しても住民の避難が不要であることを前提に設計されます。その最悪の事故には、保有するトリチウムの放出も含まれます。従って、トリチウムインベントリの最小化は最優先課題となるのです。
これまで紹介してきた欧州DEMO炉におけるトリチウムインベントリの評価結果を図7に示します。トリチウムインベントリは合計で約1.8kgと推定されました[参考文献10]。かつてのトカマク炉ではインベントリが20kgと評価された例もあり、技術革新の成果がうかがえます[参考文献11]。特に大きく貢献しているのは、前述の金属箔ポンプによる燃料の直接再利用ではないかと思われます。
インベントリが大きなシステムとして、まず燃料注入システムが目立ちます。ここでは固体水素ペレット入射(過去の記事で紹介)を想定していますが、まだ開発段階の装置なので、技術革新によってさらなる削減が可能と考えられます。
次に、大きな割合を占めるのが同位体調整(排ガス中のD/T比の調整)と同位体分離(トリチウム分離)です。これらのプロセスでは、温度スウィングや極低温冷却を伴う分離システムが検討されていますが、これによりトリチウムの滞留時間が発生し、必然的にインベントリが増加します。しかし、今後の技術革新によって、これもさらに削減できると考えられます。
本記事の冒頭で、「出力100万キロワットの核融合発電所では、年間約150kgのトリチウムを消費する」と述べました。この数値を引用し、核融合発電の安全性に懸念を示す意見を耳にすることがあります。しかし、発電所が実際に保有するトリチウムは2kg未満に抑えることが可能であり、今後の技術革新によってさらに減少する見込みです。
核融合発電の早期実現が期待される中で、社会的受容性を高めるには、安全性をさらに向上させるための技術研究開発を一層推進することが不可欠です。これこそが「最大のキモ」ではないでしょうか。
今回で3回の連載を終了しますが、核融合発電の実用化に向けた技術的課題は提示できたと思います。皆さまが関心を持たれた技術分野や、新たなアイデアがありましたら、ぜひ開発にご協力ください。まだやるべきことは数多く残されています。(完)
自然科学研究機構 核融合科学研究所/総合研究大学院大学 高畑一也(たかはたかずや)
大阪大学工学部原子力工学科卒業。1989年同大学大学院博士課程中退し、文部省核融合科学研究所(当時)に勤務。世界最大級の超伝導プラズマ実験装置、大型ヘリカル装置の設計・建設に従事する。現在は、自然科学研究機構 核融合科学研究所 超伝導・低温工学ユニットおよび総合研究大学院大学 先端学術院 核融合科学コース 教授。また、広報室長を兼任し、核融合のアウトリーチ活動を牽引している。
[1]小西哲之,“連載講座 よくわかる核融合炉のしくみ 第6回 エネルギー変換を行い,燃料を生産するブランケット,”日本原子力学会誌 47(2005)488-494
[5]枝尾 祐希 et al.,“DT 中性子照射下における固体増殖材 Li2TiO3からのトリチウム放出特性,”JAEA-Research 2012-040 (2013)
[9]X. Luo, et al.,“Assessment of Metal Foil Pump Configurations for EU-DEMO,”Energies 17 (2024) 3889
[11]T. J. Dolan, “Fusion Research,” Pergamon Press, New York (1982) p. 805
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