AI for Science時代に求められる研究開発者像マテリアルズインフォマティクスの基礎知識(3)(1/2 ページ)

本連載ではマテリアルズインフォマティクス(MI)の基礎知識について解説。第3回は、日本でも政策レベルで登場してきた「AI for Science」の概念をこれまでの文脈にのせて紹介する。

» 2025年12月17日 07時00分 公開

 これまでの連載では、マテリアルズインフォマティクス(MI)を「技術」と「マネジメント」の両輪から捉え、研究開発という営みのアップデートについて論じてきました。前回は、AI(人工知能)を知の探索を加速する「エンジン」、インフォマティクスを知の流れを構造化する「インフラ」と定義し、このような問いかけを行いました。

 AIがエンジンとなり、インフォマティクスがインフラとなる時代において、研究開発組織はどんな仕組みやマインドセットが求められるのか。

 今回以降、この問いに向き合っていきましょう。本稿では、まず組織というシステムの最小単位であり、エンジン(AI)を操るドライバーでもある研究開発者(以下、開発者)に焦点を当てます。どれほど高度なMIインフラやそれを活用する組織の仕組み、ひいては自律実験システムを構築したとしても、それらをどのような文脈で使い、どのような方向にかじを取るのか決めるのは、最終的には人間です。

 AIとインフォマティクスの発展は、開発者に求められるスキルセットを大きく変えつつあります。AIが関連知識や候補を提示し、それを手掛かりに実験と考察を進め、物質観/プロセス観を深めていく。フィジカルとデジタルを行き来しながら、AIとともに学びつつもAIに飲み込まれない、そのような「AI for Science(科学のためのAI、AI4S)時代」の開発者の在り方を考えてみたいと思います。

1.AI for Scienceから生じる問い

 AI for Scienceは、近年の文脈では、ドメイン科学におけるAIの開発や活用を越えて、科学的発見のやり方そのものを変える動きとして語られます。生成AIの興隆とともに注目を増してきた用語であり、国内外の政策を含めた最近の大きなムーブメントに反映されている流行語でもあります。

 AIだと概念の広がりが大きすぎる一方、マテリアルズインフォマティクスなどの「Xインフォマティクス」はドメイン特化な響きがあります。AI for Scienceというのは多くの文脈で都合のいいスコープなのかもしれません。「AIを用いて研究/開発という営みの様式をアップデートする」という点においてはこれまでの記事で扱ってきた「インフォマティクス」と近いものですので、本筋は崩さないままこの概念も紹介したかった次第です。

 日本の文部科学省は、AI for Scienceを「科学研究を高度化/自律化するAI」や「AIそのものの研究」を含む、研究システムや成果の社会実装までを含めた全体の変革プロジェクトとして位置付けています[1]。

 英国政府も同様に、AI for Scienceを科学の生産性を飛躍的に高める横断戦略として整理しており、自律ラボラトリや科学向けAIエージェントへの投資を打ち出しています[2]。さらに、「AIが科学の実践と評価をどう変えるか」を扱うメタサイエンス研究への投資をしているのも興味深いところです。

 さて、こうした変化の中で、次のような問いと向き合い続けることがAI4S時代の開発者に求められることになりそうです。

  • AIやシミュレーションが研究開発のどのプロセスで何を担うべきなのか
  • どこから先はAIに任せられるのか、どこは人間が握るべきなのか
  • AIを用いた研究開発プロセスのマネジメントを、事業の文脈の中でどう設計するのか

 こうした問いに向き合うためには、開発者一人一人が、AIとの関わりの基礎となるマインドセットや学習プロセスを身に付けている必要があります。そうした認知が整っていなければ、問いに対して実践的な判断を下すことができません。その前提として、これまで語られてきたAI人材育成の議論とのつながりを考えたいと思います。

図1: 闇雲なAI利用から効果的なAI活用に向けた基礎の整理の必要性 図1: 闇雲なAI利用から効果的なAI活用に向けた基礎の整理の必要性[クリックで拡大]
       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR
スポンサーからのお知らせPR
Pickup ContentsPR
Special SitePR
あなたにおすすめの記事PR