自然科学研究機構・核融合科学研究所 教授の高畑一也氏が、核融合発電の応用知識について解説する本連載。第1回では、経済的な核融合発電を実現するための技術課題について解説します。
2024年に、「核融合発電 基本のキ」と題した連載で、核融合発電の基礎知識について3回に分けて説明しました。このたび、その連載をさらに
発展させた、核融合発電の応用知識を解説する「核融合発電 ここがキモ」の連載執筆の機会をいただきました。
前回よりも少し具体的な内容になりますが、なるべく分かりやすくお話ししていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。なお、前回の連載である核融合発電 基本のキを読み返していただけると、今回の内容がより深く理解できると思います。
さて、第1回では「経済的な核融合発電の実現は可能か」、そして「そのためにどのような技術的課題が存在するのか」について解説していきます。なお、核融合発電にはいくつかのアプローチがありますが、今回はトカマク型、ヘリカル型に代表される磁場閉じ込め方式、そして第1世代といわれる重水素−三重水素(D-T)反応炉に絞ってお話しします。
2024年7月、国際協力で建設が進められている実験炉「ITER(イーター)」について、ITER 機構長のピエトロ・バラバスキ氏から発表がありました。それによると、「運転開始が9年遅れ、2034年になる見通しであり、その結果、追加費用として50億ユーロが必要になる」とのことです。建設費の総額は公式には発表されていませんが、推定では250億ユーロ(1ユーロ=160円換算で約4兆円)に達するとされています[参考文献1]。
この発表を聞いて、多くの人が「これで核融合発電は経済的といえるのか」と疑問を抱いたことでしょう。ITERは、世界で初めて核融合燃焼を実証するための巨大な実験装置です。そのため、研究開発やトライアンドエラーに膨大なコストがかかっており、失敗が許されないことから安全係数も非常に高く設定されています。こうした背景を考えると、建設コストの増大は避けられない側面があるとも言えます。
それでは、実際の核融合発電の建設コストと発電コストはどの程度になるのでしょうか。ここでは、欧州の原型炉(DEMO炉)に関する試算を参考に解説します[参考文献2]。DEMO炉は、正味の発電出力が約1GW(100万kW)で、年間約6.3TWhの電力を送電網に供給する設計となっています。この発電量は、原子力発電所1基分に相当します。
まず、前提となるトカマク型磁場閉じ込め方式の核融合炉の原理について簡単に説明します。トカマク型核融合炉は、磁場閉じ込め方式の中で最も開発が進んでおり、大型の装置も既に幾つか作られています。日本、欧州、米国の公的プロジェクトにおけるDEMO炉の設計はいずれもトカマク型です。
図2をご覧ください。トカマク型は、ミカンの房のように円周上に配置されたD型のトロイダル磁場コイル、円形のポロイダル磁場コイル、そして中心ソレノイドコイルから構成される超伝導コイルシステムによって作られた磁場の籠でプラズマを閉じ込め、真空中でプラズマをドーナツ状に浮かべます。さらに、プラズマを閉じ込めるためにプラズマ電流を流します。そして、プラズマの温度を1億度以上に上げるために、外部から粒子ビームや電磁波を入射します。これらの機器の詳細については、前の連載の第2回を参照ください。
さて、核融合発電所の建設コストに話を戻します。欧州のDEMO炉の建設コストは、総額85億ドル(1ドル=160円換算で約1.4兆円)と試算されています。この試算には、DEMO炉が事実上のプロトタイプであることから、特別な製造ツールや試運転に伴うノウハウ不足、リスクが考慮されています。
DEMO炉はITERに比べて規模が1.5倍大きく、さらにITERにはない発電設備を備えているにもかかわらず、コストはITERの半分以下に抑えられています。ITERでは、核融合関連技術の開発コストや、参加国による現物拠出を含むプロジェクト実施体制が、コストを押し上げた要因だと論文では指摘されています。
建設コストのうち、直接費は60億ドルです。その内訳を図3に示しました。図3を見ると、超伝導コイルシステムが占める比率は37%と最も高く、次いで建屋が17%となっています。つまり、核融合炉の建設コスト削減には、超伝導コイルシステムと建屋のコストダウンが有効であることが分かります。本記事の3ページ目では、そのコストダウンの可能性について述べます。
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