デザイン思考は製造業を変えたのか? 開発現場から見たデザイン思考の功罪[後編]設計者のためのインダストリアルデザイン入門(9)(4/4 ページ)

» 2024年02月05日 09時00分 公開
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デザイン思考の行方

 今後デザイン思考はどのように広まっていくべきか、その行方を考察します。

デザイン思考を“結論”でなく“過程”として捉える

 これまで解説したように、実現性から逃げることで発想を膨らませるというデザイン思考の行いは、事業を一歩前に進める“過程”においては効果を発揮します。しかし、残念ながら複雑な技術や政治的な制約を踏まえたとき、そこで出た解決策が実現できることはほとんどありませんでした。

 またデザイン思考は、良くも悪くも乱雑で曖昧なものをエレガントできれいなラインの見栄えに変える道具でもあるため、成果物が完成されたものだと勘違いされがちなのも真実です。

 つまり、少なくともデザイン思考が“複雑な問題を解決できる魔法”であるという宣伝や認識はやめるべきです。そして、デザイン思考を利用する際には、その成果物が決して完成された“結論”ではなく、事業を前進するための“過程”であると理解することが必要です。

 さらに、アイデアの実践ではペースを落とし、複雑さを受け入れる必要があることを念頭に置かなければなりません。特に、本当に利害関係者のために考えたいのであれば、“業界のスピードに合わせて仕事を進めること”が必ず要求されるからです。

デザイン思考を生かすのはコンサルタントではない

 筆者がいくつかのビジネスコンテストやワークショップに参加して気になったのは、その場でデザイン思考の講義を提供していたのがデザイン思考を日々使用しているデザイナーでもなければ、デザイン思考を活用して製品や事業を成功させたことがある人でもなかったことです。

 経営学者が必ずしも経営者である必要はないように、デザイン思考を教える人は必ずしもデザイン思考の実践者や成功者でなくてもいいのかもしれません。しかし、そうなのだとすれば、デザイン思考の講義を受ける受講生は、彼らの教えはあくまで学問であり、そこには実務上発生し得る厄介で複雑な問題解決のエッセンスは含まれていないことを理解しておく必要があります。

 デザイン思考に批判点はあれども、新規事業の創出に際して、デザイン思考またはそれに類する思想は必須だと筆者は考えます。ただし、デザイン思考の過程を経て実践に移行する際には、デザイン思考を適切に使える人材の長期的なコミットメントとリーダーシップ、デザイン思考以外の問題解決方法など、現在デザイン思考のコンサルタントが提供しているもの以外の要素が多分に必要です。

 デザイン思考の導入にコンサルタントを頼るとしても、結局のところ、コンサルタントから教わったことや提供されたアイデアを生かすも殺すも事業担当者次第です。つまり、デザイン思考がより良いものと理解されるためには、デザインを活用しようとする意志を持つ組織が、コンサルタントではなく事業会社に移り変わっていくことが求められます。

最後に

 デザイン思考が注目されるようになってから20年近く経過しました。デザイン思考が優れた思想の一つであることは変わらないものの、デザイン思考という方法論が利益をもたらすと主張し過ぎた人々の負の遺産は少なからずあります。

 残念ながら、コンサルティング企業や学術機関にデザイン思考がとどまる限り、実践における本当に難しい制約はデザイン思考から遠ざけられ、現場の具体的な課題解決に生かされることなく、デザイン思考はそのまま衰退していってしまいます。デザイナーである筆者は、これを非常に危惧しています。

 一方、批判の影響を受けてか、そうでないかは定かではありませんが、刷新されたd.Schoolの学部や大学院の資料に、「デザイン思考」という表現が一切出てこないのを見ると、少し風向きが変わってきているように思います。

 少なくとも、デザイン思考は“今あるデザイン思考の枠を超えて進化する必要があります”。なぜなら、世界にはまだまだ解決すべき問題が山積しているからです。 (次回へ続く)

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Profile:

菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表

株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他

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