残念ながら、デザイン思考は“複雑な問題を解決できる魔法”ではありませんでした。しかし、実際にいくつかの功績を残しました。その中でも、最も重要な功績の一つは、アイデア発想に効果的な“思想(マインドセット)の体系化”です。
デザイン思考の話題というと、ツールやワークショップが前面に出てくることが多いですが、その本質は“思想”であり、突き詰めれば“哲学”です。これに関しては、デザイン思考の第一人者であるIDEO(アイディオ)も「デザイン思考は『型』ではなく、『人、文化、マインドセット』であり、『主観を持つ勇気』である」と説明しています。
“思想の体系化”によって、デザイン思考はデザインの知見を持たない人々に多様な課題解決に向き合うための創造的な発想力をもたらしました。
実際、エンジニアや専門家は、検討条件を無視しないことや網羅性を出すことに、使命または美徳を感じている場合が多く、結果的にそれが物事の推進を停滞させてしまっているケースがあります。つまり、“保守性”よりも制約にとらわれない“発散性”が要求されるアイデア発想などの場面において、彼らのマインドセットを切り替える手段としてデザイン思考は有用といえます。
デザイン思考を批判する言葉として、「デザイン思考は難しい問題を解決しているのではなく、難しい問題の難しい制約を無視しているだけにすぎない」と述べたものの、制約の省略は、これまで制約で埋もれていたアイデアを創出するだけでなく、短時間での分かりやすいアウトプットの作成、関係者の理解や合意形成を積極的に促せます。
たとえデザイン思考で創出した成果自体が最終的な答えでなくとも、制約をなくしながらもプロジェクトを前に進め、新しい情報を獲得することには大きな価値があります。
総じて、デザイン思考は、さまざまな制約が絡み合うことで停滞してしまった事業を“前進させるためのマインドセット”として、どのようなフレームワークよりも優れているともいえるのです。
一方、デザイン思考には、各種ツールやフレームワークのユースケースを普及させたという功績もあります。批判でも述べられたように、デザイン思考で使用されるツールはデザイン思考が登場するそれより前に使われていたものばかりです。しかし、デザイン思考は、その思想に基づきツールやフレームワークの使い方を明確にし、それぞれのツールを適切なタイミングで、適切に活用しやすくすることに貢献しました。
他にも、ビジネスにおける共創の価値を広めること、学問としてのデザインの認知を高めること、高額かつ長期のプロジェクト実現のために民間や公的機関からの資金調達の道筋を作ること、などにもデザイン思考は役立ったといえます。
このように、デザイン思考は課題解決のソリューションとしては不完全だったものの、いくつかの領域で功績を残しています。
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