次に、デザインシンキングワークショップにファシリテーターとして参加した経験について紹介します。
筆者が外資コンサルティング会社に所属していた際、大手メーカー向けに幾度かデザインシンキングワークショップを提供しました。
ワークショップをクライアントがコンサルティング会社に依頼する際の目的は、先述同様に新規事業のアイデア検討であることがほとんどですが、中には経営企画部門などが主体となり社内の課題抽出などに利用されるケースもあります。
コンサルがクライアントに対してワークショップを提供する際は、ワークショップの参加者は先述のように外部からは集めず、クライアント社内のいくつかの部門から横断的に参加者を集めるクローズドのケースが多いようです。筆者自身がファシリテーターとして参加したワークショップも全てがその形式でした。
ツールやフレームワークは、付箋を使用したブレインストーミングをはじめとし、ラウンドロビンやクレイジーエイト、ユーザージャーニーマップなど、クライアントの状況に応じて適切なツールが使用されます。日程は1日で終わるものもあれば、2〜3日に分けて実施するものもありました。これは前記の参加型ワークショップも同様です。
デザインが本業ではないコンサルティング会社がデザイン思考をサービスとして提供している理由は、クライアントのビジネス環境が複雑化し、革新的な解決策を迅速に提供する必要性が高まっているためだと推察します。コンサルタントは、従来のようにロジカルシンキングで顧客に対して付加価値の高いソリューションを提供することが難しくなってきました。そこで目を付けたのが、複雑な条件の下で革新的なアイデアを創出できることをうたう、“デザイン思考”というわけです。
こうした背景により、各コンサルティング会社は次々にデザイン思考やワークショップを活用しはじめましたが、コンサルティング会社はデザイン思考を事業アイデアの発想ツールとしてだけではなく、クライアント企業のステークホルダーの合意形成ツールとしても使用しています。コンサルティング会社はデザイン思考の掲げる“共創”という前提が、複数部門を巻き込んで検討、合意形成を進める言い分として非常に優れていることに気づいたのです。
また、コンサルタントはより質の高い事業アイデアの創出を目指しはしますが、最終的にはアイデアの質はコンサルタントではなく、参加者であるクライアントにゆだねられることになります。つまり、コンサルタントは成果物ではなくプロセスの品質だけを担保すればよいのです。ワークショップ後、創出されたアイデアの事業化判断はクライアントにゆだねられます。
このことは、成果物に対するリスク管理に厳格なコンサルティング会社にとって非常に好都合であるように見えます。
ちなみに、同じ時期にデザイン会社を買収するコンサルティング会社が増えたのも、これら背景に要因があるようです。
メーカーでの製品開発の実務現場でデザイン思考を実践した経験について紹介します。
筆者はいくつかの会社で製品開発業務の経験をし、その際にはデザイン思考“的”な進め方をしてきました。ここで、デザイン思考“的”なという表現をしたのは、開発実務の場合はワークショップとは異なり、「さあ、今からデザイン思考で考えましょう」などと声たかだかには言いませんし、「今、デザイン思考を実践しているのだ」と意識することもないからです。
そもそもデザイン思考はデザイナーの思考プロセスを抽象化/体系化したものです。従って、私たちデザイナーにとっては、普段通りにデザイン業務を進めることがデザイン思考を実践していることと、ほぼ等しいといえます。
デザイン思考の原則に従い開発業務を進める際に重要なポイントの1つは、いかに「顧客起点で検討を進め、意思決定に反映し“続ける”か」です。
プロジェクトが進めば予見できていなかった制約が発生します。すると、たとえプロジェクト当初に優れた顧客課題を発見できていたとしても、それを理想通りに解決するのが困難になり、いつの間にか顧客の要求から遠く離れた意思決定をしてしまう場合があります。
このギャップをできるだけ少なくする手段として、デザイン思考は非常に効果的です。
特に、製品開発業務でデザイン思考を実践するためのツールとしてお勧めするのは「プロトタイピング」です。プロトタイピングといってもその手段はさまざまですが、中でもペーパーモック、3Dプリンティング、Arduino、Raspberry Pi、デジタルプロトタイピングなどは、少ない工数で質の高い検討ができるため、筆者自身も実務で多用しています。
プロトタイピングの良さは、専門的な言語を使用せずとも、ステークホルダーが目標や論点に関する共通認識を持てる点です。従って、プロトタイピングは製品仕様に関する合意形成、問題点や改善点を早期に発見でき、共同での効果的なソリューションの検討に役立てることが可能となります。
プロトタイピングこそ、デザイン思考の基本原則である「顧客起点」と「共創」の要であるといえます。
昔、日本にIDEOのCEOであるティム・ブラウン氏が来日した際に催された講演を見に行きました。その講演の最後に、彼は次のような言葉を述べていました。
Never Go to The Meeting without prototype.(プロトタイプを持参せずに会議に出てはいけない)
筆者はこの言葉に従い、当社内でのミーティングはもちろん、クライアントとの打ち合わせの際にも“どんな形であろうとプロトタイプを持参すること”を強く推奨しています。
プロトタイピングに限らず、製品開発業務におけるデザイン思考は、商品企画の場だけで実施されるわけではなく、開発プロセス全てにわたって行われます。特に、ロジカルシンキングやシステムシンキングで行き詰まってしまうようなケースでは、顧客起点や実機検証を推奨するデザインシンキングが非常に効果的です。
今回は、デザイン思考の概要と筆者自身の経験を中心に解説しました。次回は、昨今のデザイン思考に対する批判の論点やデザイン思考の将来性などについて紹介したいと思います。(次回へ続く)
菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表
株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他
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