デザイン思考は製造業を変えたのか? 開発現場から見たデザイン思考の功罪[前編]設計者のためのインダストリアルデザイン入門(8)(2/3 ページ)

» 2024年01月11日 09時00分 公開

デザイン思考との出会い

 筆者がデザイン思考に初めて深く触れたのは、桑沢デザイン研究所の学生だった2010年です。教室のスクリーンに投影された動画では、デビッド・ケリー氏率いるIDEOがどのように製品デザインのプロセスにデザイン思考を取り入れているのかを、ショッピングカートの開発を例に紹介していました。それを見た筆者は、「製品デザインという行為はなんて知的で情熱的、そして創造的な行いなのか」と興奮しました。

動画1 授業で紹介されたIDEOの動画

 その後、筆者は特別講義でIDEO Tokyoに所属していた方からIDEO流のワークショップを受ける機会にも恵まれました。このワークショップでは、デザイン思考の中核プロセスでもあるObservation(観察)による課題発見を起点に、デザイン思考の具体的な手法やアプローチを実践的に教えられました。ちなみに、この時行われたのはフィールドワークで撮影したさまざまな写真を「KJ法」の要領で分類、議論することで顧客のインサイトを発掘する、というデザイン思考の代表的なフレームワークなどです。デザイン思考は実践を通して理解が深まる点も多く、このワークショップのおかげで自身の日常生活や仕事にデザイン思考を取り入れられるようになったと思います。

 その少し後には、ビジネスコンテストやワークショップイベントなど、教育の場以外でもデザイン思考に関する取り組みを見掛けるようになりました。筆者もいくつかの催しに参加しましたし、新卒で入社した企業の新人研修の中にもデザイン思考に近いアイデア発想プログラムが組まれていました。

 2010年初頭は、デザイン思考の知見が日本の至る所で広がり始めた時期だったようです。

 デザイン思考に出会ったばかりの筆者は、これが新しい方法論なのだとすれば、「なぜ、これまで多くの人は顧客起点に物事を進めなかったのだろうか? なぜ、自分の専門領域を固持して他者との共創に積極的でなかったのだろうか?」と不思議に感じていました。

 当時の筆者の眼には、デザイン思考が“革新的で完全無欠のフレームワーク”に見えたのです。

デザイン思考の実践

 これまでに筆者が経験したデザイン思考の実践の場は、以下の3つに分類できます。それぞれの具体事例や特徴を解説します。

  • 企業主催のワークショップへの参加
  • 企業主催のワークショップのファシリテーション
  • 所属企業の製品開発業務

企業主催のワークショップへの参加

 筆者はこれまでいくつかのデザイン思考を取り入れたワークショップ(デザインシンキングワークショップ)に参加しました。公募されていた企画に手を挙げて参加したこともありますし、デザイナーやエンジニアの枠として招待されて参加したこともあります。

 企業主催のワークショップの場合、そのほとんどが新規事業部門やR&D部門などが主催しており、専門業者と協力してワークショップを催します。ワークショップの目的は新規事業のアイデア創出であることがほとんどです。また、ワークショップでは、とりわけ主催企業特有の制約が設けられており、製品を販売する市場ないし利用する技術が特定されます。

 専門業者のネットワークや公募で参加者を募集する場合は、デザイン思考の基本方針に従い、専門性がばらけるように参加者が集められ、当日のチーミングも専門性に偏りがないよう組まれることが多いようです。

 ワークショップではデザイン思考のツールを使ったワークや何回かの中間発表などを通して、最終的にチームまたは個人で1つの事業アイデアをまとめます。

 このケースにおいて、デザインシンキングワークショップの良いところは、たとえ参加者の知識不足や経験不足などによりアイデア検討の質が悪かったとしても、ファシリテーションさえできていれば時間内に事業アイデアという何らかの“成果”が出せるところです。成果物があれば、企業担当者は投資効果が不明瞭であるワークショップにも予算をかけやすく、納品後の検収や評価も明瞭になります。

 残念なのは、ワークショップの成果物の良しあしにかかわらず、創出されたアイデアが商品化されることはおろか、ワークショップ後に事業として実際に推進されるケースでさえまれに感じることです。

 この点については具体的な調査結果がないため、あくまでも筆者個人の所感です。しかし、少なくともデザインシンキングワークショップから生まれたアイデアが企業でプロジェクト化される確率や上市に到達する確率に関する統計分析は、デザイン思考に取り組む人々にとって重要なテーマです。

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