運転する人を虜にする走りを実現するために欠かせないのが、“プリウス=燃費、環境性能”というイメージからの脱却だった。車両の動的性能を開発するメンバーにも開発の初期段階でデザインスケッチを見てもらい、「このデザインに負けない走りをどう実現するか、虜にする走りとは何かを一緒に考えた」(大矢氏)。その結果、従来とは異なる手法で動的性能の開発が進んだ。
これまではブレーキやアクセル、ステアリング、ショックアブソーバー、パワーステアリングなど、それぞれ分業で開発していたため制御間の調和が難しくなっていたという。各機能は個々の目標を満足してはいるものの、「それが1つに集まったときに本当に気持ちの良い走りにつながっていたかというと、現実的にはうまくいかないことも多々あった」(大矢氏)。
5代目プリウスでは、デザインから想定される走りのシーンをイメージした上で、それを1台の試作車にまとめていった。例えば、クルマが減速して旋回へと移行する動きは「エンジンブレーキでクルマが減速する。そうすると旋回姿勢に変わり、操舵力が生まれる。このシーンをイメージし、そのたびにどのような制御が必要になるかを考えて開発を進めた」(大矢氏)という。その結果、新型プリウスは「つながりのあるクルマの動きが実現できた」と大矢氏は自信を見せる。
運動性能を実現する上で重要な土台となったのが、5代目プリウスが初出しとなる第2世代のTNGAだ。その導入に伴い、さらに細かい開発目標として、(1)軽快な加速感、(2)スムーズな制動性能、(3)意のままに操れるハンドリング、(4)高い静粛性の4つを設定した。
(1)軽快な加速感については、ストレスのない加速感を目指しエンジン排気量を1.8lから2lにアップ。さらに、気持ちの良い加速感を実現するパワートレインとしてプラグインハイブリッド車(PHEV)を用意した。力強い加速感と、アクセルの踏み込みに対するレスポンスを持たせることで、軽快な加速感を実現した。また、ドライバーに五感で加速感を感じてもらいたいという思いから、加速時に聞こえるエンジン音にもこだわった。「200〜600Hz領域を抑えることで迫力のあるすっきりとしたエンジン音になるように設計した」(大矢氏)という。
(2)スムーズな制動性能に関しては、ブレーキシステムを大幅に見直した。従来はアキュムレーターを使用する蓄圧タイプのシステムを採用していたが、新型ではギアポンプで発生させた油圧を直接ブレーキに伝えるオンデマンドポンプ加圧タイプを採用。ドライバーのさまざまなブレーキ操作に対して制動力が追従することで、スムーズな停止が可能な制御を実現した。
(3)意のままに操れるハンドリングを実現するため、鍛え抜いた高剛性ボディーに、サスペンションジオメトリーやショックアブソーバーの減衰力の最適化など進化した足回りを組み合わせた。ステアリングでは操作初期の挙動に着目。フロント周りの構造を見直して横曲げ剛性を15%向上させることで、「クルマがステアリング操作に遅れることなく応答し、コーナーで狙ったラインをスムーズに曲がることを可能にした」(大矢氏)。
(4)高い静粛性については、ボディー周りの風のコントロールをすることなどで達成した。Aピラーの根本とドアの段差を縮小するとともに、大型フロアサイレンサーを採用して床下からの音を抑制するなど、さまざまなアイテムを取り入れた。
ラテン語で「先駆け」を意味するプリウス。その名の通り、5代目でも先駆けとなる新たなチャレンジに取り組んだ。その1つが「アップグレードレディー設計」だ。クルマの使用段階における機能追加などを可能にする設計手法で、継続的にアップグレードを行うために必要な構造を事前に織り込んでいる。
これにより、ユーザーはクルマを買い替えることなく最新技術を享受できるようになり、「技術の進化とともに、お客さまが保有するクルマも進化することができる」(大矢氏)環境を整えた。アップグレードレディー設計を導入することで、新車販売店で行う作業も簡素化する。施工時間の短縮により、「よりお求めやすい価格でのサービス提供につなげる」(大矢氏)考えだ。
現在、トヨタは、ハードウェアだけでなくソフトウェアのアップグレードなど他のアイテムも含めた新たなサービス「キントアンリミテッド」として提供を始めている。大矢氏は「まだ生まれたばかりのサービス」としながらも、「これからもお客さまに喜んでいただけるサービスになるために多くのメンバーと一緒に育てていく」と語った。
大矢氏は「いつまでハイブリッドを作り続けるのかという言葉も多くいただいている」と明らかにした。
世界中で電気自動車(EV)へのシフトが鮮明になる中、トヨタにもEVへのリソース傾注を求める声が寄せられている。トヨタはEV関連投資を4兆円から5兆円に引き上げるなどEVの競争力強化を急ピッチで進めながら、HEVやPHEV、燃料電池車(FCV)、水素エンジンなど多様なパワートレインを全方位で取り組む「マルチパスウェイ」を展開している。
「カーボンニュートラル達成という大きな目標に向かっていくためには多様な選択肢が必要だ。世界中で協力しなければならないからこそ、手に届くエコカーが必要」(大矢氏)との考えから、CO2排出量削減に即効性のあるHEVやPHEVにこだわる。トヨタはカーボンニュートラルの実現に向けた手の届くエコカーとして、また、ユーザーの愛車として選ばれる努力を重ねることで、プリウスの存在価値を高めている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.