HEVを普及させるという役割を完遂し、5代目プリウスに求められるものは? 大矢氏は悩みに悩んだという。当時の社長である豊田章男氏からは「プリウスをコモディティ化してタクシー専用車でいいのでは」と思いもよらぬ発破をかけられ、「すがる気持ちで、デザイナーにかっこいいクルマを描いてほしいとお願いした」(大矢氏)という。
そこで出てきたのが、スポーティーでこれまでのプリウスのイメージとは全く異なるデザインスケッチだった。大矢氏は「これを見たときに、われわれはこのスケッチを実現したいと強く思った。このスケッチを軸にして新しいプリウスを検討する方向にした」と振り返る。ここが5代目プリウスの方向性を決定づける瞬間となった。歴代プリウスによって普及させたHEVをさらにコモディティ化させるのではなく、新しいプリウスが「お客さまにとっての愛車になること」を目標にした開発を進めることに決まった。
5代目プリウスを愛車にするために開発陣がこだわったのがデザインと走りだ。セリングポイントとなる「一目ぼれするデザイン」「虜にする走り」の実現を目指した。車両開発をスタートするに当たり、まず行ったのが"合宿"だった。5代目プリウスへの思いや考えを開発にかかわるメンバーだけでなく、「製造や営業、サービスといった広い範囲のメンバーに参加を呼びかけ、新型プリウスの企画について一緒に考える機会」(大矢氏)を設けた。
合宿を通じて、デザインと走りにこだわったクルマを開発するという方向性だけでなく、これまでの延長線上のモデルチェンジはいけないという危機感も共有した。意気込みをメンバー全員で共有し、ワンチームで開発を進める体制が整った。
5代目プリウスは、歴代モデルには見られない「攻めたデザインになっている」(大矢氏)。特に目を引くのが非常に傾斜したAピラーで、これを実現するためにルーフピークを車両後方に移動させた。空力性能に影響することは分かっていたが、「プリウスのアイコンであるモノフォルムを進化させ、スポーティーなシルエットを実現する」(大矢氏)という目的でデザインを優先させた。
このスポーティーなシルエットに大径タイヤを組み合わせることで、デザインスケッチ通りのワイド&ローを実現している。さらに、アーチモールを設定することでタイヤをより大きく、スタンスよく見せる工夫も施した。タイヤサイズは大きくしたものの細幅のタイプを採用し、デザインを優先しながらも燃費性能も両立させる仕様となっている。このほかデザイン面では、「リアホイールアーチ周辺の面で構成された造形にもこだわった」(大矢氏)という。リアドアハンドルをピラー内に配置したのはそのためで、5代目プリウスの新しい特徴となっている。
デザインと走りにこだわるコンセプトは内装開発にも反映させた。見るものは遠く、操作するものは近くに配置する「アイランドアーキテクチャ」というレイアウトを採用。圧迫感のない広々とした空間と、運転に集中しやすいコックピットを両立させた。
コックピットで小径ステアリングと組み合わせるのはトップマウントメーターだ。これにより、「運転時の目線移動を少なくすることで運転に集中しやすいコックピットを実現した」(大矢氏)。車両情報やインフォテインメント情報などを表示するマルチメディアディスプレイは12.3型に大型化。シフトレバーは操作しやすい位置へと変更し、使用性と操作性に配慮したレイアウトに見直した。
イルミネーションは一般的には夜間の車内を彩るために使われるが、5代目プリウスではイルミネーションそのものに機能性を持たせた。「イルミネーション通知システム」は光の点滅で状況を知らせるもの。例えば、信号待ちで先行車が発進したことに気付かず停止し続けたとき、車両のセンサーが歩行者などを検知したときなど、イルミネーションの点滅で優しくドライバーに知らせる機能となっている。
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