連載「環デザインとリープサイクル」の最終回となる第8回では、これまでの連載内容を振り返りながら全体を総括する。
本連載のきっかけは、デジタル工作機械などの民主化に端を発する「メイカームーブメント」から10年が過ぎ、筆者なりの振り返りと、次の10年の展望を素描してみたいと思ったことだった。今回はこれまでの連載内容を振り返りながら全体を総括する。
連載第1回で紹介したように、筆者の周りからはメイカームーブメントの世界観を基にした多数のハードウェアスタートアップが生まれてきた。2022年7月にはそれに関連したイベントも開催している。現在でも勢いがあり、伸び続けているスタートアップには、おぼろげながら3つの共通点があるように感じた。
まず、「モノを作ることが目的ではなく、あくまで手段」と認識し、現場や社会の課題解決を「目的」として明確に設定できていること(ソーシャル性)である。次に、「デジタル工作機械で簡単にモノを作れるようになった」ことに甘んじるのではなく、最高レベルの3Dデータのデジタル設計技術(コンピュテーショナル性)を備えていることである。そして、「未来社会に与えるインパクト」を、ビジョンやミッション、パーパスを含めて明瞭に言語化し、定義することで、その旗の下に「仲間」を継続的に集められていることである。
まとめると、デジタル工作機械を起点としながらも、ソーシャルな課題解決デザインと、デジタルな(コンピュテーショナル)デザインの2つを備え、それらを高いレベルで結び付けており、さらに未来の目指すべき社会と事業のインパクトを旗印として立てられたとき、「メイカー」から「ハードウェアスタートアップ」として脱皮することができているようだ。このようなスピリットは筆者が教鞭(きょうべん)をとる慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)の「X-DESIGN」プログラムの中で醸成されてきたものでもあり、今後も卒業生の活躍を次世代にもつなげていきたい。
さて、スタートアップの視点以外にも、メイカームーブメント全体として見れば、20世紀型のモノづくりで欠落していた視点である「モノづくりの民主化」がその運動の意義として掲げられてきた。生産者と消費者の極端な分断を解消すべく、誰にでもモノづくりの機会を提供することを目指して、「FabLab(ファブラボ)」が全国各地に広がった。その当時の空気感は、筆者の初めての単著である『FabLife−デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」』にも記した。この流れは、STEAM教育(Science、Technology、Engineering、Art、Math)と共振し、小中学校や高校のモノづくり教育として現在も広がっている。
他方、特に2025年以降、20世紀型のモノづくりで欠落していた、解決すべき課題として「民主化」だけでなく、もう一つの別の、さらに巨大な向き合うべき課題が明らかになってきた。その問題とは「廃棄」を巡る問題である。
モノを作る際には、ゴミ(端材)が発生する(3Dプリンタの一部方式を除いて、全てのデジタルファブリケーションで、必ずゴミが発生する)。また、モノが作られたとしても、正しくその利用価値が認められなかった「モノ」は、結局ゴミとなって捨てられる運命にある。モノづくりが工場からさまざまなオープンな場所に広がり、分散型になっていくにつれて、ゴミの発生源もまた分散化したという負の側面は認めざるを得ない。
こうした状況を受け、単純に「誰にでも簡単にモノづくり」を広めるだけでなく、いかにしてゴミを減らし、資源を循環利用するかという視点を加えて、ファブラボの在り方にアップデートが求められるようになった。そのような中で生まれたコンセプトが「FabCity(ファブシティー)」である。なお、ファブシティーのコンセプトを提唱したのは、スペイン・バルセロナにある建築/都市デザインに関する先端的な大学院IaaC(Institute for Advanced Architecture of Catalonia/カタルーニャ高等建築研究所)であった。
ファブシティーというコンセプトを理解する際、ファブラボの「モノづくり文化」を街全体に広げようというような、単純なものではないということを、はじめに留意しておきたい。この構想の発端は、ファブラボが果たすべき機能と役割を、「都市経営」(都市の持続性を高めることの視点)から、もう一度定義し直すところから始まる。
都市の持続性を高める目的の下で、デジタルファブリケーションをその手段としたとき、モノづくり側から取り組めることは、(1)デジタル化によって輸送によるCO2排出などを削減しながら、(2)リサイクルによって地域で排出される資源を再生利用/再利用できるようにし、(3)「都市の持続性を高めるために必要なもの」を、必要に応じてアイデアを出し合いながら共創的に作れるような仕組みを整備することである。
このようなファブシティーのコンセプトの実践例は、期せずしてコロナ禍に自然発生的に生じた。2020年春、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が登場した最初期に、枯渇している医療用フェイスシールドを、地域の3Dプリンタ保有者が自ら生産し、同一地域の病院や医療施設に届けるという活動が始まった。そこでは、フェイスシールドの3Dデータが世界中で作られ、改変され、オープンに送信/インターネット上で共有されるということも同時に起こっていた。
以下、3Dプリンタを活用したフェイスシールド生産の動きに関する調査報告と論文を紹介する。
この時期は偶然にも、筆者らが全国各地で集められた使用済み洗剤容器からリサイクルして、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)の表彰台を製造するプロジェクトに携わっていた真っ最中であった。コロナ禍によってオリンピックが延期され、われわれは手元にあったリサイクル材料を用いて、3Dプリンタでフェイスシールドを緊急製造し、全国の聾(ろう)学校に届けるプロジェクトを実施し、多くの学びを得たのだった(ニュースリリースはこちら)。
こうした混沌(こんとん)とした状況の中、東京2020大会の一連の表彰台プロジェクトを何とかやり遂げることができ、その経験からわれわれなりにつかんだ新しいコンセプトが、前回述べた「リープサイクル」であった。
リープサイクルとは、1回限りのアップサイクルではなく、未来にわたって2度目、3度目の再利用/再生利用のシナリオまでを、事前に設計しておくというデザインのコンセプトである。そのための有力なツールが、大型ペレット式3Dプリンタだ。大型ペレット式3Dプリンタは、もともと「ゴミ」がほとんど出ない製造法でもあり、またプリントされた製品を再び粉砕し、材料に戻して再利用できる特徴も持つ。
ただし、毎回の再利用シナリオが「材料に戻す」ことだけになるとは限らない。連載第3回に記したように、「ディスクリート設計」という単位モジュールのユニットを設定しておけば、ユニットの再配置のみで、次なる使われ方が導かれることもある。こうしたアプローチの総体をリープサイクルと呼ぶこととし、今後新たな設計技法として練り上げていきたい。
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