一方、熱防御のキー技術であるアブレータについては、今回、大きな変更はなかったという。素材メーカーの撤退により、CFRP(炭素繊維強化樹脂)の材料となるプリプレグ(炭素繊維に樹脂を含浸させたシート状の素材)の製造元を変えざるを得なかったという予想外の事態はあったものの、製造法は同じになるよう努め、十分な検証試験を行ったそうだ。
ところで、帰還した初号機の再突入カプセルで印象的だったのは、驚くほど損耗が少なかったということである。特に背面ヒートシールドは、表面に貼ってあった金色のアルミ蒸着カプトンテープが一部燃え残っていたほど。その融点から考えると、背面の表面温度は800℃にも達していなかったはずだ。
初号機で受けた熱が予想より弱かったため、はやぶさ2のチーム内では、数値計算をやり直し、アブレータを薄くするという検討も行われた。しかし山田氏は、その案は採用しなかったという。
実はヒートシールドには、熱防御の他に構造としての役割もある。空力加熱を受け、表面から炭化が進むと、内側に残っている層の強度でカプセルの形を維持しなければならない。たとえ温度に少し余裕があったとしても、簡単に厚さを減らすわけにはいかないのだ。しかも実証例はまだ初号機の1ケースのみ。データの蓄積も十分とはいえないだろう。
他国のようにもっと大きなカプセルであれば、熱防御の機能と構造の機能を別々にすることができる。しかし、はやぶさシリーズのカプセルは世界最小クラスのため、両方を兼ねるしかなく、それには一定の厚さが必要なのだ。
現在、日本では次のサンプルリターン計画として、2024年度の打ち上げを目指す「火星衛星探査計画(MMX:Martian Moons eXploration)」が検討されている。MMXの再突入カプセルは、直径が40cmから60cmにサイズアップするものの、中華鍋のような形状や、ビーコンによる方向探査など、さまざまな技術がはやぶさシリーズから継承される予定だ。
ただし、ベース技術として堅実に利用する一方で、次世代のための新技術の研究も必要だ。MMXのように火星軌道からの帰還であれば、はやぶさシリーズと同程度の条件で済むが、以前検討されていた「はやぶさMk2」のように、火星以遠からのサンプルリターンになると、再突入速度が上がり、加熱はさらに厳しくなる。
そうなると、もっと軽量のアブレータが必要になるかもしれない。カプセルの形状も変えることになるかもしれない。実現のためには、さまざまな新技術が必要になるだろう。
山田氏は、そういった要素技術の1つとして、これまで衝撃吸収材の研究を進めてきたという。狙いは、パラシュートを不要にすること。パラシュートのような展開物だとどうしても仕組みが複雑になるので、開傘に失敗するリスクが付きまとうが、パラシュートがなくなれば、そもそもリスクそのものが消える。
衝撃吸収材は、その名の通り衝撃を吸収することで本体が壊れないようにするものだ。自分自身が潰れることで衝撃を吸収するようになっており、クラッシャブル材とも呼ばれる。パラシュートが原理的に使えない真空中でも使えるため、実際、超小型探査機「OMOTENASHI」の月面着陸(というかほぼ激突)ではこの技術が使われる予定だ。
第61回宇宙科学技術連合講演会講演集「はやぶさ2カプセルの開発と帰還準備」(山田哲哉、吉原圭介、山田和彦、川原康介(JAXA))
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