日本のモノづくりの現状を示す「2020年版ものづくり白書」が2020年5月に公開された。本連載では3回にわたって「2020年版ものづくり白書」の内容を掘り下げる。第2回では、“不確実性”の高まる世界で日本の製造業が取るべき方策について紹介する。
2020年5月に公開された「令和元年度ものづくり基盤技術の振興施策」(以下、2020年版ものづくり白書)を読み解く本連載。第1回の「日本の製造業を取り巻く環境と世界の“不確実性”の高まり」では、2020年版ものづくり白書の「第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」を中心に日本の製造業の現状について整理した上で、新型コロナウイルス感染症拡大の影響も含めた近年の世界における不確実性の高まりを確認した。
2020年版ものづくり白書は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下、新型コロナウイルス感染症)の世界的な感染拡大が進行する中で策定されたという背景もあり、パンデミックに加えて米中貿易摩擦に代表される保護主義的な動きの台頭、地政学的リスクの高まり、急激な気候変動や自然災害、非連続な技術革新のもたらす影響などの予測し難い事態をまとめて「不確実性」と総称し、不確実性の高まる世界における日本の製造業の現状と課題を分析した上で、そのリスクに対処する方策として下記の4つを提起している。
第2回となる今回は、上記4つのうち「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)強化の必要」「企業変革力を強化するデジタルトランスフォーメーション推進の必要」について詳しく見ていきたい。
不確実性が著しく高まっている世界で日本の製造業が進むべき道を示すに当たり、2020年版ものづくり白書では、注目すべき戦略経営論として「ダイナミック・ケイパビリティ論」を挙げている。ダイナミック・ケイパビリティ論とは、「企業はどのようにすれば、変化する環境や状況の中で、持続的に競争力を維持できるのか」という問題意識を背景に生まれた戦略経営論の1つで、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール教授のデイヴィッド・J・ティース氏によって提唱され、注目を浴びている理論である。
「ダイナミック・ケイパビリティ」とは戦略経営論における学術用語で「企業変革力」と訳される。その本質を端的に述べるならば、「環境や状況が激しく変化する中で、企業が、その変化に対応して自己を変革する能力」のことである。
ティース氏は、企業のケイパビリティは、与えられた経営資源をより効率的に利用して利益を最大化しようとする「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」と、環境や状況の変化に応じて企業内外の資源を再構成し自己を変革する「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」の2つに分けられ、企業にとってオーディナリー・ケイパビリティを高めることが根本的に重要であることに間違いはないが、それだけでは競争力は維持できないとしている(図1)。
オーディナリー・ケイパビリティは、労働生産性や在庫回転率のように特定の作業要件に関して測定でき、ベスト・プラクティスとしてベンチマーク化され得るが、他企業が模倣しやすく、特にグローバルな競争が激しい環境下では急速に拡散する。さらに、環境や状況に想定外の変化が起きた場合においては、ベストプラクティスが洗練され、精緻化されていればいるほどそれを変えるコストが高くなり、現状維持の方が短期的には経済合理的に見えるわなに陥ってしまう可能性がある。オーディナリー・ケイパビリティという自社の強みが弱みに転じて企業を危機に陥れることがあるのはこのためで、2020年版ものづくり白書でも日本の製造業にとって不確実性が危険である理由も、まさにこの点にあると指摘している。
ティース氏はオーディナリー・ケイパビリティを「ものごとを正しく行うこと」、ダイナミック・ケイパビリティを「正しいことを行うこと」と表現しており、ダイナミック・ケイパビリティを、さらに次の3つの能力に分類している。
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