理化学研究所は、恐怖の到来が予測されると、特定の脳活動が恐怖を抑制して、過剰な恐怖記憶の形成を防いでいることを発見した。日常におけるストレスコントロールや、不安障害など精神疾患のメカニズムを理解することにつながる成果だ。
理化学研究所は2016年11月15日、恐怖の到来が予測されると、特定の脳活動が恐怖を抑制し、過剰な恐怖記憶の形成を防いでいることを発見したと発表した。同研究所脳科学総合研究センターの小澤貴明客員研究員らの国際共同研究チームによるもので、成果は同月14日、国際科学誌「Nature Neuroscience」のオンライン版に掲載された。
同研究チームは、ラットの実験から「恐怖体験の事前予測による過剰な恐怖学習の抑制」について調べた。その際、「恐怖学習の漸近現象」をもとにした。これは、音を鳴らした後に弱い電気ショックを与えるなどの「恐怖条件づけ」の訓練をすると、訓練を繰り返すたびに恐怖反応の強さが増加するが、次第にその値が一定になり(漸近値)、ショックを強めるなどしない限りそれ以上は増加しなくなるという現象だ。ヒトを含む多くの生物種で認められる。
同研究では、まずラットに恐怖条件づけを十分に訓練し、恐怖学習の漸近現象を確認した。その後、電気ショックだけを与える「予測なし条件」と、音と電気ショックを提示する「予測あり条件」を設定し、両ケースにおいて恐怖記憶の中枢である扁桃体外側核(LA)の活動を電気生理学的に測定した。
その結果、ラットが一度恐怖を体験し、恐怖の到来を事前に予測できるようになると、脳領域において「扁桃体中心核→中脳水道周囲灰白質→吻側(ふんそく)延髄腹内側部」回路が活性化することを発見した。さらに、この回路の働きを抑制すると、扁桃体外側核の活性化が増加すること、恐怖記憶が通常の漸近値を超えたレベルまで増加することも確認。「扁桃体中心核→中脳水道周囲灰白質→吻側延髄腹内側部」回路が過剰な恐怖記憶の形成を抑止していることが分かった。
この、過剰な恐怖に対する「脳内ブレーキメカニズム」は、日常におけるストレスコントロール、さらには不安障害など精神疾患のメカニズムを理解することにつながると期待される。
恐怖体験に関する記憶は、それによって危険の予知や回避が可能になるなど、生活に必要な能力だが、必要以上に強い恐怖記憶の形成は、ストレスと関連した不安障害の一因となる。「実際の体験に見合った適度な強さの恐怖記憶」を形成するには、恐怖を感じるための脳の働きに加えて、過剰な恐怖を抑制する働きが必要だと考えられてきた。しかし、その実態はほとんど明らかになっていなかった。
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