トヨタの狙いをIBMのパテントコモンズ構想から考察する知財専門家が見る「トヨタ燃料電池車 特許開放」(2)(3/3 ページ)

» 2015年02月26日 09時00分 公開
[藤野仁三/東京理科大学院 知的財産戦略専攻 教授,MONOist]
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IBMモデルとの違い

 ここで、トヨタのFCV関連特許の無償開放とIBMのパテントコモンズ構想を比較してみましょう。

パテントコモンズとの違い

 両社とも、業界は異なりますが、圧倒的な特許所有件数を誇ることが特徴となっています。ちなみに、2014年の米国特許発行件数では、IBMは第1位で、22年連続でトップの座を保持しています(関連記事:際立つ研究開発力! 2014年米国特許ランク、トップ50のうち18社が日本企業)。トヨタも第21位ではありますが、自動車メーカーとしては首位です。さらに特定の技術領域に関係する特許群(ポートフォリオ)を無償で開放するという点では共通しています。

 しかし、相違点も存在します。OSSに対するパテントコモンズの場合、IBMモデルは基本的に自社のビジネスのインフラ構築を狙いとしています。つまり、OSSが普及すれば、自らのソリューションビジネスの基盤が広がり、それが自社ビジネスの拡大につながるという戦略です。

 IBMは1999年、マルチプラットフォーム対応のOSとしてLinuxを発展させることを宣言しており、Linuxを含むオープンソースソフトウェアのコミュニティに対して、LinuxとOSS技術の発展に向けた大きなリソースの提供を開始しています。翌年の2000年には、x86サーバ(System x/BladeCenter)に加えて、RISCサーバ(Power Systems)とメインフレーム(System z)を含む全てのプラットフォームでのLinuxのサポートを実現しました。そのようなLinuxとの関係を考えれば、2005年の特許開放宣言は当然の帰結だといえます。

エコ・パテントコモンズとの違い

 ところが、エコ・パテントコモンズの場合には、OSSの場合と状況が異なります。OSSに向けたパテントコモンズの場合、特許開放は市場囲い込みのための事業戦略としての色彩が強いのに対し、エコ・パテントコモンズは「環境保護」という社会的に賛同を得やすいメーセージを内包しているからです。

 企業は社会奉仕を目的としているわけではないので、当然事業目的に沿った戦略であることは間違いありません。また、Webサイトでも「社会貢献とビジネスチャンスの両方を目指す」と宣言しています。しかし、ビジネスチャンスの色合いは表面上目立っていません。それが、IBMの広報戦略であるのかもしれません。

 具体的には、「Global Innovation Outlook」(GIO)や「世界経済人会議」などの有識者を巻き込んで、そのメッセージの客観性と正当性をアピールしています。それが、12社もの賛同企業につながる理由なのかもしれません。一般的に考えても「環境ビジネスはIBMの本業ではない」という認識があるということも、エコ・パテントコモンズには有利に働いているとえいます。

 トヨタのFCV特許も、広義に言えば、エコ・パテントの範疇(はんちゅう)に入ります。しかし、トヨタは自動車市場で圧倒的なシェアと影響力を保持しており、FCVはトヨタの本業の延長線上にあると誰しもが理解しています。そのような中で「どのようにして特許開放の仲間を増やすか」ということは難しい問題になるでしょう。

 次回は、「世代交代としてのFCV戦略」について考えてみます。(次回に続く


筆者プロフィル

藤野仁三(ふじの じんぞう) 東京理科大学院 知的財産戦略専攻(MIP) 教授 Webサイト(http://www.jinzofujino.net/

藤野氏

福島大学経済学部卒。早稲田大学大学院法学研究科修了(経済法専攻)。日本技術貿易株式会社および米総合法律事務所モリソン・フォースター東京オフィスにてライセンス契約、海外知財法制調査、海外訴訟支援などを担当。2005年から東京理科大学専門職大学院MIP教授。専門は技術標準論と米国特許法。著書に『知財担当者のための実務英文入門』、『標準化ビジネス』(共編著)、『米国知的財産権法』(訳書)、『よくわかる知的財産権問題』、『特許と技術標準』がある。東京大学情報理工学系研究科非常勤講師。



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