IBMでは2004年から毎年、世界中のさまざまな国や地域で有識者を招き「Global Innovation Outlook(GIO)」を開催しています。そこで、医療や環境、安全、政府の役割、企業の未来といった現在の社会的な課題について議論を深めています。このGIOで提案されたアイデアの1つが「オープンソース・コミュニティに対する特許の公開」であり、「環境保護に貢献する特許の開放」です。これらは「パテントコモンズ」と呼ばれる構想です。
なぜ「オープンソース」に特許を開放するのでしょうか。この疑問に答えるためには、1980年代後半から米国でソフトウェア関連発明に特許が認められるようになったという時代背景を理解しておかなければなりません。その後のPCやインターネット全盛の時代になると、当然ながらオペレーティングシステム(OS)にも特許保護が認められるようになりました。
当初は「Windows」のように企業内で開発された検索結果プロプライエタリ・ソフトウェア(オープンソフトの対義語。開発者・開発企業でなければ、開発・修正・改編・管理ができないソフトウェア)がソフトウェアの主流でした。しかし、次第に「Linux」に代表されるオープンソース・ソフトウェア(OSS)の存在感が増すようになってきました。例えば、スマートフォンの場合、OSSである「Android」の方がプロプライエタリ・ソフトウェアの「iOS」よりも優勢となっています。
OSSの人気が高まると、当然、OSSに対する特許攻勢が激しくなります。そうすると、OSSの開発者は特許侵害の心配をしなければならなくなります。OSS陣営は、基本的に開発したOSS関連の知的財産権を主張しないことにしていますが、第三者からの権利主張に対して「守られていない」ことになります。そこでIBMはオープンソースを後押しするために、関連特許の開放を決めました。それは2005年1月のことです。
環境関連の特許については、2008年に「エコ・パテントコモンズ」が設立されました。エコ・パテントコモンズには有識者会合である「世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development:WBCSD)」、ノキアやピツニーボウズ、ソニーなどの企業が賛同しています。コモンズに登録された特許は、WBCSDの専用サイトで公開され、無料で誰もが利用できるようになっています。2010年7月には、ボッシュ、ダウ・ケミカル、デュポン、富士ゼロックス、HP、などが加わり、さまざまな業界を代表する世界的な企業12社により、100件を超える特許が開放されて環境問題への取り組みに活用されているといいます。
開放特許には、有害廃棄物発生の削減や省エネ、節水など環境問題に焦点をあてたものに加えて、環境保全にプラスの効果をもたらすための製造技術や購買・物流などのビジネスプロセス向けの特許も含まれています。
エコ・パテントコモンズの設立目的は環境保全のために既存技術の活用を促進し、新しいイノベーションを醸成する企業間の協働を促進することにありました。つまり、環境を切り口としたオープン・イノベーションの新たな試みであったといえます。
また、エコ・パテントコモンズには、環境に大きく貢献できる技術を誰も使えない状況となることを防ごうという意味も込められています。
この点について、IBMの知的財産部長の上野剛史氏は「自社ビジネスの大きな成長を図るためには、オープン・イノベーションを推進し、市場を更に拡大させるという戦略的なアプローチが重要になってきます。……(中略)……。そのための1つの方策として、独占的なアプローチだけでなくオープンなアプローチも最大限に活用する、という視点が必要でしょう。まさに、知的財産戦略が経営戦略の中核の1つとして位置付けられるべき時代が来ている」と語っています。
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