トヨタの燃料電池車特許の無償公開に見る、4つの論点知財専門家が見る「トヨタ燃料電池車 特許開放」(1)(1/3 ページ)

トヨタ自動車は2015年1月6日に燃料電池自動車(FCV)の内外特許約5680件を無償公開すると発表しました。「なぜ特許を無償公開するのか」「なぜ2020年の期限付きなのか」「米テスラ・モーターズのEV関連特許開放との関連性」「ホンダとの協調の可能性」など4つの疑問点について、知財専門家が解説します。

» 2015年01月21日 09時00分 公開
[藤野仁三/東京理科大学院 知的財産戦略専攻 教授,MONOist]

 トヨタ自動車(以下、トヨタ)は2015年1月6日に燃料電池自動車(FCV)の普及に向けた取り組みの一環として、同社が保有する約5680件の内外特許を無償公開すると発表しました。今回の発表内容については、さまざまな観測や評価がなされていますが、知財の専門家として、それぞれの論点について、どういうことが考えられるかということを解説していきたいと思います。

 まず、少し長いですが、MONOistで報じた発表記事を引用します。

 トヨタ自動車は2015年1月6日、燃料電池車(FCV)の普及に向けた取り組みの一環として、同社が単独保有する約5680件の燃料電池関連特許の実施権を無償提供すると発表した。(中略)今回、トヨタ自動車が実施権を無償提供する特許の内容は、燃料電池スタック関連が約1970件、高圧水素タンク関連が約290件、燃料電池システム制御が約3350件となる。このうち、燃料電池システムに関する特許を実施してFCVの製造や販売を行う場合、同社がFCVの普及初期段階と想定している2020年末まで特許実施権が無償になるという。また、水素ステーションに関する約70件の特許については、早期普及を目的に無償提供の期限は設けないとしている(引用元記事:燃料電池車の普及を促進、5680件の関連特許が無償に)。

 この発表を受けて、さまざまな論点での議論がなされています。例えば「なぜ特許を無償公開するのか」「なぜ2020年までの期限付きか」「米テスラ・モーターズによる電気自動車(EV)関連特許の開放と関係があるか」「FCVでホンダとの協調は可能か」などです。本稿ではまず、これらの4つの点について解説します。

photo トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI(ミライ)」(クリックで拡大)

なぜ特許を無償公開するのか

 トヨタが燃料電池自動車の研究開発に着手して30年近く経過しているといわれています。その研究開発の成果が、今回無償公開される約5680件の特許と考えて間違いないでしょう。本来、特許は対象技術を独占するための権利ですので、それを無償でライセンスするということは、開発技術に対する優位性を放棄することになります。ライバル企業や業界としては研究開発費を掛けずに成果を利用できるため、「歓迎すべき」(日本自動車工業会 会長 池史彦氏)というコメントが出ても不思議ではありません。

 知財活用の常識で考えれば、特許取得のコストを回収するため、できるだけ権利を活用することを考えるのが普通です。しかし、今回の発表はこのいわば常識的な取り組みの枠を超えたものであり、逆にその意図が見えにくくなっているともいえます。

標準化戦略の視点

 この場合、特許活用という視点で考えるのではなく、「標準化戦略」という視点で考えるべきでしょう。つまり、FCVという新しい市場を確立するために必要な特許技術を開放することで、FCV市場への参入を促しガソリン車から水素燃料車への世代交代を図る意図があると考えられます。

 従来であれば、標準化のための手段として関連特許を開放することは一般的ではありませんでした。しかし時代は変わっています。スマートフォンの特許紛争からも理解できるように、特許料を得るために特許を使用する時代から、特許を手段として市場でのポジションを確保する時代になりつつあります(関連記事:アップルVSサムスン特許訴訟の経緯と争点を振り返る)。言い換えれば、特許活用はより経営的な視点に立った事業戦略の一環として行われる時代となったのです。

 この点に関しては「ハイブリッド車から得た教訓もあるのでは」という指摘も出ています。ハイブリッド車は当初から日本では普及したものの、世界では投入初期には日本ほどの勢いで普及が進んだわけではありません。この要因として、関連特許で囲い込みをしたためだという理由が挙げられています。

 筆者は「ハイブリッド車はガソリン車市場内での高付加価値製品であり消費者の購買意欲に依存する」と考えるため、必ずしもこの考えには賛同してはいませんが、今回のFCVの場合は、燃料供給のためのインフラを置き換える必要があり、新しい市場に乗り換えるための大掛かりな仕掛けが必要となります。そのためには、長年の研究成果の成果を開放することも厭わないという決断をしたのだと考えられます。

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