協和工業のBOM管理は金型の設計から組み立てのみにとどまらない。部品1個1個、プレート1個1個のBOM情報を管理することが可能になり、ERPと連携させることによって、金型の製造に必要なコストがリアルタイムで分かるようになった。
現場の加工指示書にはバーコードが印字されており、業務の始まりと終わりに読み込むことで部品加工時間が分かるようになっている。実際のコストと想定コストを突き合わせることで精緻な金型コストが分かるようになる。
切削に必要になる時間や、購入品のコストを設計者が理解しながら金型を設計できるようになる。全てデータの裏付けがある形となり、カンとコツ、どんぶり勘定に頼る現場と圧倒的な隔たりが生まれることになる。金型は足の長い商品となるため、できる限り適正な製造コストを導き出さなければならない。
この「足が長い」という点を、もう少し細かく記載すると、金型は、製造した後、金型もしくは金型によって生み出される製品を納入するまで、現金を回収できないのだ。長いもので金型の製造には6カ月程度必要になることもあるので、キャッシュフローの維持が会社運営には非常に重要になってくる。さらに、(最近は少なくなっていると聞くが)昔は手形の受け渡しの場合もあった。手形は現金化するまで時間が必要になるため、銀行に手数料を払い現金化する企業も存在するほどだ。厳しい経営環境の中で、金型のコストが精緻に分からず上振れすることはキャッシュフローを圧迫し、従業員への給与の支払いが滞り最悪の場合は死に直結する。
協和工業のBOM運用は、精緻なコストが分かるだけではなく、プレス工程までつながる。プレスを打つ量産現場との連携も行い、最適な金型を定義していくのだ。では、「最適な金型」とは何なのだろうか。
金型はプレス機に搭載されて、鋼板の形を変形して初めて工業的価値を発揮する。協和工業の金型は自動車部品を製造するために使用されるため、何万回もプレスを行う。世界的ヒット商品の生産では、(順送の場合)数百万回も金型を打つことになるので、当然金型は劣化する。超ハイテン材の様な強度のある金属材を金属で切断するので、金型の刃先は金属がこすれ合い、温度も上昇するため劣化、摩耗していく。
金型の一部が生産によって摩耗する場合は、摩耗した部分のみを取り換えるのか、金型の部材全体を研削で削り取り、高さ調整のため削り取った厚み分だけシムプレートを入れ込むのか判断しなければならない。
摩耗した部分のみ変更する場合は、部品が複数個になるため製造コストは上昇するが、メンテナンスは(一部の部品取替えで済むため)コストがかからない。しかし、一体物として構成する場合、製造コストは一括で切削できるため高くないが、メンテナンスは全体の切削やシムプレートの取り付けなどが必要になるため時間もコストも必要になる。
協和工業はBOMに製造時や保守メンテナンス時のコストも反映可能だ。生産が突発で止まり、メンテナンスが起こった際に要因を記録しアラートが立つ仕組みを構築している。金型の製造コストだけではなく設計が製造に与えた問題の要因までを分析できるようにしている。
例えば、品質不適合が起こり金型を修正する必要が出たとする。そうなると金型の取り外し、取り付け、金型の修正などで8時間生産が停止する。この8時間分の人件費や修正コストをBOMにひも付けて、金型の製造コストだけではなく、製造や修繕に必要になった工数を含めた「全体のコスト」を把握できる。これにより「最適な金型」を追求しているのだ。
もちろん、生産動態から金型設計に問題があった場合は、CAEのモデルを最適化して対応している。超ハイテン材のような材料はまだ活用されだして日が浅く、CAEのシミュレーションも完璧ではなく、現場の生産から得られる実データをフィードバックすることでCAEの精度も上げている。
あらゆる工程でBOMを中心とした運用を実現し、それをERPと連携させることで、どのような金型設計をすれば最適な金型の運用ができるのか、一番もうけが出せるのかをデータから冷静に判断できるようになる。
このような金型製作において高度なPLM運用は、大手製造業でしか運用することができなかった。筆者が日産自動車のタイの金型工場を訪問した際は、設計時にBOPを構成するなど高度なPLM運用を目にすることができたが、今では市販のデジタルツールを利用することで中規模の製造業の事業者でも活用できるようになっている。
現に協和工業では、Cimatronを使いBOMを中心とした情報の整理を行い、ソフトに最適な業務フローを構築することで設計BOMから製造BOMに反映する高度な運用と、製造情報から設計の最適化ができるようになっている。
10年以上同じような業務フローを続けている企業は、一度自社の運用が最適な運用なのか自問自答していただきたい。もちろん助力が必要であれば、金型メーカー問わず、車載メーカーや半導体製造装置、重工業などあらゆる支援を行っている筆者に一度お声がけをいただきたい。貴社の業務フローの見直しもお手伝いさせていただければ幸いである。
⇒連載「ものづくり太郎のPLM講座」のバックナンバーはこちら
永井夏男(ながい なつお)/ものづくり太郎
ブーステック 代表取締役/製造業系YouTuber/PLMコンサルタント
大学卒業後、大手認証機関入社。電気用品安全法業務に携わった後、ミスミグループ本社やパナソニックグループでFAや装置の拡販業務に携わる。2020年から本格的にYouTuberとして活動を開始。製造業や関連する政治や経済、国際情勢に至るまで、さまざまな事象に関するテーマを、平易な言葉と資料を交えて解説する動画が製造業関係者の間で話題になっている。2024年4月1日にはKADOKAWAより、初の著書「日本メーカー超進化論 デジタル統合で製造業は生まれ変わる」を出版。年間の講演数は100件を超え、国内外での取材も積極的に行っている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.