本連載では、製造業の競争力の維持/強化に欠かせないPLMに焦点を当て、データ活用の課題を整理しながら、コンセプトとしてのPLM実現に向けたアプローチを解説する。第2回は「PLM実現の壁」について深掘りする。
生成AI(人工知能)の台頭と技術革新の加速により、製造業の競争軸として「いかにデータを活用し、付加価値を生み出せるか」の重要性が高まっています。しかし、依然として非構造化データや紙ベースの情報が多く、異なる部門間でのデータ共有や業務の変革を促すレベルでの活用は困難な状況です。
さらに、地政学リスク、サプライチェーンの不安定化、環境規制の強化など、グローバル経済の不確実性が高まり、製造業に求められる柔軟性と俊敏性は、かつてないほど重要になっています。競争力を維持/強化するためには、「PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)」の実現が不可欠です。本連載では、データ活用の課題を整理し、PLM実現に向けたアプローチを探ります。
筆者が所属するキャディでは、自動車、重工業、半導体製造装置メーカーなど多種多様なお客さまとともに、日々課題解決に向けて取り組んでいます。その中で、設計、製造、生産技術、品質保証、調達などの各機能部門に加え、ITやDX(デジタルトランスフォーメーション)を全社横断で統括する部門とも連携し、変革に向けた議論と実行を重ねています。
こうした対話の中でよく耳にするのが次のような声です。「現場を変えたい気持ちはあるが、DX疲れや施策疲れが積み重なり、なかなか前に進めない。これまでもさまざまな取り組みを行ってきたが、途中で火が消え、フェードアウトしてしまったものも少なくない」。特にこのような悩みは、社内外からDXへの取り組みが注目されている大企業で多く見られるように感じます。
その背景として、立ち上げたプロジェクトがさまざまな障壁にぶつかる中で、本来の目的を見失ってしまい「システムの導入が目的化してしまう」という課題があります。とはいえ、DXを進めずに足踏みしていては、データ活用を通じた新たな付加価値の創出は期待できません。グローバル競争が激化し、環境変化のスピードが増す中で、企業の競争力は確実に低下してしまいます。
だからこそ、「PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)」においても、連載第1回で説明したコンセプトを見失わずに進めていくことが重要です。あらためて、PLMの定義を振り返ると「PLMとは、製品の企画/設計から製造、保守、廃棄に至るまでの情報を一元管理し、データを活用することで業務の効率化や品質向上を図る」ためのマネジメント手法です。
そこで今回は、PLM実現に向けたチャレンジである「組織の壁」「データの壁」「経営の壁」という3つの課題に焦点を当てながら、DX疲れを生むプロジェクトから脱却し、本質的な価値を引き出すための視点を提案します。
PLMは本来、製品ライフサイクル全体を最適化するための有効なコンセプトであるにもかかわらず、実際にはそこまで行き着くことが難しいケースが多く見られます。その背景には、組織の壁、データの壁、経営の壁という3つのチャレンジが存在しています。
多くの製造業では、開発、設計、製造、品質保証、調達といった各機能が縦割りの組織構造の下で運営されており、それぞれが異なる目標やKPIを追い掛けています。この構造は、各部門にとっての最適解を追求する強いインセンティブを生み出しますが、その一方で部門間の連携を阻み、全体としての最適化を妨げる要因にもなっています。
また、情報の流れは一般的に前工程から後工程へと一方向に伝達される「バケツリレー型」の構造であるため、上流での変更が後工程に与える影響が見えづらくなっています。その結果、どこにどのような影響が波及するかを正確に把握できないため、部門をまたぐような大きな変更には慎重にならざるを得ず、柔軟な対応や抜本的な改善が難しくなっているのが現状です。
PLMが目指すのは、こうした縦割りのサイロを超えて製品を軸にした情報と知見を双方向につなぐことです。しかし、その実現に当たっては各部門が個別最適から脱却し、全体最適の視点を獲得することが不可欠です。これはシステムの問題ではなく、部門の在り方を問い直す企業変革の問題となります。換言すれば、これはまさにDXでいうところの「D(Digital)」だけではなく「X(Transformation)」が重要であるということです。
例えば、フロントローディング(初期段階に問題解決を前倒してQCD向上を図ること)はPLMの実現により目指す一つの変革ですが、開発/設計フェーズで検討すべき問題は当然ながら増えます。少なくとも一時的には開発/設計部門の負荷が増えるため、システム的に実現可能になったとしても現場の反発が起きることは珍しくありません。丁寧な対話と納得感の醸成に加えて、部門の在り方やリソース配分など、経営的な課題解決が求められます。
また、部門の中にも組織的な障壁が存在します。例えば、ベテラン社員の属人的な知見があります。デジタルネイティブな若手社員に対して、自身の若手時代と同じように下積み的な苦労を強いてしまう方もいるのではないでしょうか。こうしたベテランの方々が自身の経験や情報の在りか、データの読み解き方などの知見を囲い込んでしまったり、データ活用に後ろ向きな姿勢を示してしまったりすると変革は間違いなく停滞します。これも「D」ではなく「X」の問題です。その企業で実績を築き上げてきたことにリスペクトを払いつつも、さらに高みを目指していくために行動と意識の変容に理解を求める必要があります。
PLMというコンセプトは製造業の部門を越え、時間を越えてデータを活用していくことが求められます。だからこそ、システムやデジタルだけでなく、変革をリードする経営力の真価が問われるのです。
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