再起動したトランプ政権の公的医療保険改革とデジタルヘルス海外医療技術トレンド(120)(3/3 ページ)

» 2025年06月13日 07時00分 公開
[笹原英司MONOist]
前のページへ 1|2|3       

公的医療保険改革におけるデジタルヘルス×バリューベースケアの役割は?

 今回のRFIでは、「バリューベースケア組織」について、表5に示す通り、「デジタルヘルスの普及」「コンプライアンスと認証」「技術標準規格」のような質問項目に関する情報提供を求めている。

表5 表5 RFIで「 バリューベースケア組織」に関して情報提供を求めている質問項目[クリックで拡大] 出所:Federal Register「Request for Information; Health Technology Ecosystem」(2025年5月16日)を基にヘルスケアクラウド研究会作成

 ここでは、バリューベースケア組織が関与する使用事例やワークフローに関連する質問について、全てのステークホルダーから意見を提供してもらうことを目的としている。

 表5のVB-1に出てくる「責任医療組織(ACOs)」は、医師、病院およびその他の医療提供者が、自発的に協力してメディケア患者に高品質の調整されたケアを提供するグループである(関連情報)。この調整されたケアにより、特に慢性疾患を持つ患者が、適切なタイミングで適切な治療を受けられるようになって、サービスの重複を避けたり、医療ミスを防いだりすることを目的としている。ACOが質の高い医療の提供と、医療費のより上手な使用の両方に成功した場合、経済インセンティブとして、メディケアプログラムの節約に寄与した分の一部を共有することができる。

 また、VB-1に出てくるメディケア医療費節減共有プログラム(MSSP)は、メディケア受益者の集団に対する責任を促進し、出来高払い方式(FFS)アイテムとサービスの調整を改善し、高品質で効率的なサービス提供のためのインフラ投資やケアプロセスの再設計を奨励して、より価値の高い医療を推進する自発的なプログラムである(■□関連情報■(https://data.cms.gov/medicare-shared-savings-program))。

 次に、VB-2に出てくる「代替支払モデル(APM)」は、高品質で調整された医療を提供する医療提供者に報酬を与える仕組みであり、以下のような特定分野に適用されることがある(関連情報):

  • 健康状態(例:末期腎疾患)
  • ケアのエピソード(例:関節置換)
  • 提供者のタイプ(例:プライマリーケア提供者)
  • 地域社会(例:農村地域)
  • メディケアアドバンテージ、メディケアパートD、またはメディケイドの中におけるイノベーション

 また、VB-2では、APMを強化する新技術の1つとしてAIを挙げている。ちなみにCMSは、2025年1月23日に発出された「AIにおける米国のリーダーシップへの障壁を取り除く大統領令第14179号」や第1次トランプ政権下の2021年1月1日に施行された「2020年国家人工知能法」に基づくAIイノベーション推進政策を表明している(関連情報)。

 VB-7に出てくる「認定電子健康記録技術(CEHRT)」は、メディケア相互運用性の促進(Promoting Interoperability)プログラムにおける使用資格を満たすためにCMSとONCが策定した、患者データを効率的に取得し共有するための技術要件である(関連情報)。

 VB-10に出てくる「ベースEHR」は、患者の健康履歴をデジタル化したものである(関連情報)。医療提供者は、患者のEHRを複数の異なる組織に所属する他の医療提供者と安全に共有でき、全ての認可された医療提供者が、臨床的意思決定を支援するための関連情報を追加することが可能になる。

CMSがデジタルヘルスエコシステム向けの基盤インフラを構築

 このRFIが発出された後の2025年6月3日、CMSはRFIについて議論し、医療技術のイノベーションを活用して患者ケアを向上させ、医療システムの効率化を促進する方法について議論するために、対面形式の意見交換会を開催した(関連情報)。この会議には、患者や介護者、技術企業、データプロバイダー、ネットワーク、医療提供者、バリューベースケア組織、保険者など、医療エコシステム全体のステークホルダーが集まっている。この会議では、デジタルヘルス技術を活用して、不正を減らし、管理上の負担を軽減し、何百万もの受益者に対して高品質なケアを提供する方法についての洞察やベストプラクティスが共有された。

 そしてCMSは、「米国を再び健康にする」というビジョンを実現するため、医療システムの基盤インフラを構築するために、以下のような取り組みを進める意向を表明した。

  • 動的で相互運用可能な全国プロバイダーディレクトリの構築
  • Medicare.govにおける現代的な本人確認プロセスの導入による、医療システム全体での資格情報の簡素化
  • CMSのBlue Button 2.0患者アクセスAPIの機能拡張
  • 医療現場データ(Data at the Point of Care)パイロットプロジェクトの一般利用への移行
  • 信頼できるデータ交換へのCMSの参加強化

 このような取り組みやRFIを通じた意見募集は、デジタルヘルスのイノベーションを加速し、データセキュリティを強化し、プログラムの完全性を向上させて、メディケア、メディケイドおよび連邦政府市場全体で運営効率を向上させるという、CMSの広範なモダナイゼーション計画を反映したものだとしている。

 日本の厚生労働省では、「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チームを中心に、2040年に向けた医療提供体制の総合的な改革における医療DXの制度的対応に関する検討を行っている(関連情報)が、経済インセンティブに関する具体的な議論は見当たらない。米国CMSが、経済インセンティブの付与を前提とした公的医療改革の議論を行っているのとは対照的だ。「Meaningful Use」「Meaningful Use 2」「Promoting Interoperability」の経済インセンティブを通じて、米国のデジタルヘルスイノベーションをけん引してきたCMSが、どのような政策をスピーディーに具体化していくのか注目される。

筆者プロフィール

笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)

宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。

Twitter:https://twitter.com/esasahara

LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/esasahara

Facebook:https://www.facebook.com/esasahara


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.