欧州全域レベルでは、世界保健機関(WHO)欧州事務局が2022年7月28日、デジタル技術を活用して保健医療システムを改善し、持続可能な開発目標(SDGs)を達成することを目的とした「2023~2030年WHOヨーロッパ地域の地域デジタルヘルス行動計画」を公表している(関連情報)。特に北スウェーデンのような過疎地域において、限られた医療プロセスで運用可能な持続可能性のある遠隔医療/デジタルヘルスモデルの開発が期待されている。
ウメオ大学ライフサイエンス・保健医療支援事務局(SOLH)は、北スウェーデンの遠隔医療/デジタルヘルスにおける共通のエントリー&アクセスポイントとして、ICTを活用したテストベッドを提供する体制を整備している。例えば、ウメオ大学と、スペイン・カタルーニャ地域の大学/研究機関/医療機関によるメンタルヘルスイノベーションネットワークの「Xarxa TECSAM」(関連情報)が連携して、国境を超えた地域主導型メンタルヘルスイノベーションエコシステムの構築に向けた取り組みを始めている(関連情報)。
その中でSOLHは、メンタルヘルスイノベーションエコシステムを支援するために、以下のようなサポートメニューを提供している。
北スウェーデンやカタルーニャ地域のように、欧州域内に分散した多様な地域が、各国の首都やEU本部のあるブリュッセルを介せずにつながっていくイノベーションモデルは、日本の地方創生の観点からも、その成否が注目される。参考までに、カタルーニャ地域にはEHDSのパイロットプロジェクトである「HealthData@EU Pilot」(関連情報)や「欧州がんオープンサイエンスクラウド(EOSC4Cancer)」(関連情報)の中核組織であるバルセロナスーパーコンピューティングセンターもあり、国境や専門領域の枠を超えた動きが期待される。
北スウェーデンは、北極圏を含む広大な人口希薄地域であり、第1次産業(鉱業、林業)や観光業、電力業(水力発電、風力発電)を主要産業としてきたが、2020年に急拡大したコロナ禍による経済的影響を強く受けた。そこでポストコロナ時代のSX(サステナビリティトランスフォーメーション)施策として脚光を浴びているのが、本連載第52回で取り上げたバイオエコノミー関連イノベーションである。
2020年7月、EU加盟国が、パンデミックによる経済的/社会的影響を緩和し、グリーントランジションやデジタル変革を促進することを目的とした「NextGenerationEU」プログラム(関連情報)を採択したのを受けて、スウェーデン政府は「国家復興・レジリエンス計画(NRRP)」を提出し、2022年5月4日にEU理事会の承認を受けた(関連情報)。この計画では、以下の5つの重点領域を掲げている。
欧州全体レベルでも、北スウェーデン地域に根ざしたバイオエコノミー関連イノベーションを支援する動きが本格化している。例えば、ホライズンヨーロッパのSCALE-UPプロジェクト(実施期間:2022年9月~2025年8月)は、地域のバイオエコノミーの可能性を最大限に活用するためにボトルネックとなる課題を克服することを目的とした取り組みである(関連情報)。図3に示す通り、SCALE-UPには、北スウェーデンの他、マゾビア(ポーランド)、大西洋沿岸地域(フランス)、上オーストリア(オーストリア)、ストルミツァ(北マケドニア)、アンダルシア(スペイン)の6地域が参画している。
このプロジェクトでは、地域レベルの多様なステークホルダー(企業、政府、政策立案者、市民社会組織、研究者など)が連携し、持続可能で循環型のバイオベースのバリューチェーンを特定/拡大することを支援している。具体的には、以下のような目標を掲げている。
その中で北スウェーデン地域は、重要なバイオマス資源である林業残渣を、バイオエネルギーの生産や化学製品などの高付加価値製品に利用するためのイノベーションにフォーカスしており、SCALE-UPプロジェクトの成果物として、「北スウェーデンにおける地域のバイオマスおよび栄養素の利用可能性」や「サステナビリティスクリーニング - スウェーデンのバイオ燃料地域」といった報告書を公表している(関連情報)。
加えて北スウェーデン地域は、スウェーデン農業科学大学(SLU)ウメオ校を中核拠点として、ノルディック森林研究所(SNS)(関連情報)、フィンランド天然資源研究所(LUKE)(関連情報)、ノルウェーバイオエコノミー研究所(NIBIO)(関連情報)とともに構成される、欧州森林研究所(EFI)(関連情報)の「森林バイオエコノミーネットワーク(ForBioeconomy)」(関連情報)にも参画している。
この森林バイオエコノミーネットワークは、北欧における森林を基盤としたバイオエコノミーに焦点を当てた研究ネットワークであり、各地域の生物多様性に対応するとともに、以下のようなテーマに注力している。
スウェーデン農業科学大学のウメオ植物科学研究センター(UPSC)には、世界最大規模の遺伝子組み換え樹木のバイオバンクがあり、約1万個体の遺伝子組み換え樹木およびそれに関連する表現型データベースを保有している。このような環境から、生物多様性関連スタートアップ企業も続々と生まれている(関連情報)。
北スウェーデン地域は、気候変動/環境政策上重要な北極圏をカバーしており、水力/風力に代表される再生可能エネルギーの供給基地ともなっている。例えば、ノールボッテン県のルレオ市には、コロナ禍前よりMeta(Facebook)のデータセンターが進出しており、同県のキルナ市近郊では欧州最大規模のレアアース鉱床が発見されるなど、脱炭素と経済成長の両立を図るEUの「欧州グリーンディール」(関連情報)を支える成長エリアとして注目されつつある。
現在、スウェーデン-日本間では、ウメオ大学と九州大学が幹事校を務める大学間学術交流コンソーシアム「MIRAI 2.0」が構成されており、医療/人口高齢化、気候適応および災害/リスク管理予防、レジリエントシティー/コミュニティー、エネルギー転換/貯蔵向け材料といったテーマで研究プロジェクトを展開している(関連情報)。今後、北スウェーデン地域のサステナビリティー主導型地方創生モデルに、日本の大学/研究機関や企業が貢献できるシーンを期待したいところだ。
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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