そして、スウェーデンの保健医療制度は分権化傾向が強いのが特徴だ。公衆衛生やケアサービスは、各地域、基礎自治体によって管理/運営されており、それぞれが独自の医療リソースを配分する責任を負っている。この組織体制は、保健医療データの保存や共有にも反映されている。公衆衛生データは、スウェーデン公衆衛生庁や国立疾病登録機関などによって国レベルで収集されるが、臨床医療のプロセスで生成されるデータの大半は、地域レベルで保存/管理されているのが現状だ。このような背景から、スウェーデン国内の保健データ2次利用を可能にするための制度的仕組みづくりは容易ではなかった。本連載第83回で、「MyHealth@EU」を取り上げたが、電子処方箋と患者サマリーを共有するために必要な「eヘルスデジタルサービスインフラストラクチャ(eHDSI)」との接続でも、他の北欧諸国に遅れを取った感がある。
本連載第116回で取り上げた欧州保健データスペース(EHDS)は、2025年3月26日に正式発効となり(関連情報)、優先順位の高い電子健康記録(EHR)システムや患者サマリー、電子処方箋、調剤情報の交換に向けた技術的対応策が各国レベルで始まっている。スウェーデンでは電子保健庁が中心となり、EHDS規則下で保健データの二次利用を支えるために必要な国内法改正作業を進めている。スウェーデン国内の現状を見ると、EHDSで要求されるガバナンス上の責務が複数の行政機関や当局に分散されている他、個々の地域内でも、データ管理が分権化されており、複数の異なるシステムやデータ管理者に依存する状況にある。地域が大きくなるほど、データ保持者やデータ管理者の数が増える傾向にあり、大都市圏では、地域の公的医療機関に加えて民間医療機関が臨床データを保持/管理しているケースも多く見受けられる。
他方、技術面について見ると、スウェーデンHL7協会も、国際HL7協会が策定した電子保健医療情報の相互運用性に関わる標準規格であるHL7-FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)を採用しており、臨床検査データの標準化プロジェクトなどでスウェーデンは先導的役割を果たしてきた(関連情報、PDF)。ただし、EHRなど、FHIR全般の実装状況をみると、デンマークやフィンランドの方が先行している。
電子保健庁やスウェーデンHL7協会は、欧州HL7協会(関連情報)や欧州連合のXt-EHRプロジェクト(関連情報)を通じて、EEHRxF(欧州電子健康記録交換フォーマット)仕様を採用したX-eHealthプロジェクト(関連情報)の活動を継続しながら、地域や全国、EUの枠を超えたデータの相互運用性確保を目指している。
前述の6つのライフサイエンスエコシステムの中で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック以降、活発な動きを見せているのが、ウメオを中核とする北スウェーデン地域である。ウメオ大学ライフサイエンス・保健医療支援事務局(SOLH)(関連情報)によると、このエコシステムの概要は以下の通りである。
広大な人口希薄地域と限られた医療リソースという課題を抱える北スウェーデン地域では、コミュニティー病院(CH)がプライマリーケアの拠点として機能し、一般医(GP)、看護師およびその他の医療専門家の多職種連携体制によって運営されるような「コミュニティー病院モデル」が普及してきた。コミュニティー病院は、入院用ベッド、救急医療、基本的な診断を提供している(関連情報)。ここで、2024年以降PubMedに収載された北スウェーデン地域を研究フィールドとする論文の例を挙げると、以下のようなものがある。
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